お客さんからよく、いろんな国立公園を訪れた際に「この公園は世界遺産なの?」とか、ワイナリー

めぐりをした時に「試飲カウンターの中にいる人は、みんなソムリエの資格持ってるんですか?」とかの質問を受ける。しかしその質問の意味って何なのだろう。
おすすめの国立公園が世界遺産じゃないというと、行く前から急に興味を失ってしまう人がいる。ソムリエの資格がないから、そのワイナリー

の試飲は価値がないといいたげな目線をよこす人もいる。しかし世界遺産の権威、ソムリエの権威ってナンボのもんじゃい?
国立公園は全米に500箇所以上あって、中には世界遺産への申請が面倒というだけの理由で、あえて指定申請していないところすらある。
かといって世界遺産に指定されている公園よりよっぽど見ごたえがあって、素晴らしいところが山のようにある。世界遺産に指定されることはそれだけで価値があるとは思うが、世界遺産だからという権威に振り回されてしまって、訪れる人間が本当に美しい自然、守らなければいけない価値あるものを見極める力に欠けるのは、悲しいことだ。
いい例が、グランド・キャニオンとアーチーズおよびキャニオンランズの比較だ。グランド・キャニオン

は確かに素晴らしい。しかし本当の素晴らしさを味わうためには、1泊2日かけて谷底まで下りるトレイルを歩き、峡谷の自然と景観を肌で感じないと、グランド・キャニオンを訪れたとは言えない。観光バスのツアーでグランド・キャニオンへ行く人にとって、かの地は冷えた生ビールのようなものだ。つまりウマいと思うのは最初の一口だけ、言い換えれば感動するのは最初3分間だけ。あとはどのポイントへ言っても見える景色は一緒なので、帰る頃には「もっと面白いところだと思っていたけど、がっかり」という人が多い。
NHKでかつてグランド・キャニオンの特集をやったらしい。その番組を見た人が問い合わせてきて、ぜひグランド・キャニオンを組んだツアーを入れてくれと依頼してきた。しかしもらったスケジュールでは、ほんの半日訪れる余裕があるだけ。「お客さん、これじゃあグランド・キャニオン行くのは時間とお金の無駄になりますよ」と言っても「とにかく行ってくれ」の一点張り。理由を尋ねると「世界遺産だし、NHKの番組で見たから」。寂しさを通り越してあきれてしまった。結局行くにはいったが、10日間の国立公園総めぐりを終え、ラスベガスで打ち上げをしたとき、そのお客さんがいうには「う〜ん、やっぱグランド・キャニオンは一番詰まんなかったね」…。
これに対してアーチーズ

やキャニオンランズは世界遺産ではない。でも赤い巨岩と真っ青な天空にかかるアーチのコントラストは、見るものの心を奪う。園内にはさまざまなトレイルや絶景ポイントがあって、一度訪れたら忘れられない。キャニオンランズのアイランド・イン・ザ・スカイ

と呼ばれる地溝も、高いポイントから見るとまさに天空の孤島と言われる意味が分かる。どちらの国立公園も、訪れれば訪れるほどその素晴らしさが深みを増す、まさにビンテージもののワインのようなスポットだ。
ワイナリーの試飲カウンターにいる係の人を、ソムリエの資格がないからと言って馬鹿にする人もいる。しかし彼らは日本の下手なソムリエよりは数十倍の知識と豊富な経験、味を見極める舌を持っている。「ソムリエ」なんていう権威がなくても、ワインを見極める力は超一流だ。いつか日本で「カリフォルニアワインは、軽くてフルーティーな味わいが特徴です」なんて、ステレオタイプなコメントを抜かしやがった若いあんちゃんのソムリエもどきがいたけど、どついてやりたいくらいだった。
こういうやつに限って、ナパのワイナリーへきても「カベルネ」とか「シャルドネ」という鼻にかかった言い方しかできない。

いかにも僕ちゃんは、ヨーロッパ仕込みの正確な発音ができるソムリエですよー、と言わんばかりの態度には辟易する。ナパでは正しいかどうかの権威的な発音より、現地の英語発音の「カボネー」「シャドネー」でないと通じないのだ。
本人はしゃれたつもりで、試飲カウンターにひじ付いて「かべるねっ!」とか叫んではみても、ナパのワイナリーでは通じない。というか、相手にされない。そんなんで立ち往生してる観光客を何人見てきたことか。
アーチーズやキャニオンランズは、欲を言えばお客さんには教えずに、自分だけで行って楽しみたい場所だ。しかしそれでは商売にならない。
権威に取りすがっていると、見えるべきもの、見なければいけないものが見えないことに気づかない人が、まだまだ多い。

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