▽登り編
昨年は2回登頂したハーフドームだが、今年は3回登頂する予定でいる。昨年の1回目は、ヨセミテ・アソシエーションのツアーに参加。13人のグループで、キャンプしながらゆっくりと1泊2日かけて登った。2回目は「抜け駆け・ずるコース」のグレイシャーポイントからの日帰りコースを取った。このうち、最も一般的なハッピーアイランドからコースをたどりながら、難所などを簡単に説明しよう。
▽先生は60歳の女性
ヨセミテ・アソシエーションのツアーに参加した1回目のツアーでは、参加した日本人はもちろん僕1人。先生はSuzanne Swedoという

ベテランの女性。ヨセミテのハイキングコースの専門書などを執筆しており、ハーフドームにはこれまで数え切れないくらい登頂している。彼女は60に近い年齢にもかかわらず、今でも1人でバックパッキングをしたりする。高山植物に詳しく、僕はこの先生とこのほかにTuolumne Medowsのバックパッキングに出かけ、
動植物や自然、人生などについて、さまざまなことを教えてもらった。今年は先生から、アシスタントとして彼女のツアー二つを手伝ってくれという依頼を受けており、7月後半はヨセミテに先生と一緒に約2週間滞在することになっている。
▽最初からなめてかかるな
さて、登頂記、登頂記。まず、一般的なコースはハッピーアイランドから出発する。シャトルバスで来てもいいが、日帰りとなるとまだ暗いうち、シャトルバスが動き出す前にスタートすることになる。カリービレッジかバックパッカーズパーキングに車を止め、そこからハッピーアイランドまで約1.5キロ余計に歩かなければならない。

さて、ハッピーアイランドから川沿いの道を歩き始めると、約300メートルを越えた辺りから急な山道になる。美しい渓流沿いの道だが、なめてかかるととんでもないことになる。昨年はここで脱水症状を起こし、動けなくなっている人がいた。幸いグループで来ている人だったらしく、仲間におぶってもらって下りていったようだった。油断は禁物だ。バーナル滝へ行ったりした際に、この道はすでに何度も行き来しているが、いつもこのスタートから約2キロ位の間が一番いやだ。何度来てもスタート後ほどなく急坂に差し掛かり、心臓が超バクバクしてしまうからだ。スタート地点から1キロちょっと進むと、バーナル滝が遠くに見える橋に差し掛かる。ここにはトイレと水場があるので、水を必ず補給して行こう。
ここから長いダンダラ坂が約2時間続く。このジョン・ミュアー・トレイル(JMT)は日陰が少なく、景色もあまりよくない。橋から約400メートルで、ミストトレイルとの分岐店に差し掛かるが、登りの場合は迷わず右手の(JMT)を選ぼう。ダンダラ坂を1時間くらい進むと、Clark Pointに差し掛かる。ここでもClark Trailへは入らず、右手のJMTを突き進もう。
▽はれ〜、がけ崩れだ!
昨年、ここを登っていたときに下のほうで大きながけ崩れがあった。「ドカドカ、ドッか〜ん!」という大音響に、最初雷かと思ったが、先生がすぐ「がけ崩れよ。音のしたほうを見てて。土煙が上がるはずだから」と言った。5分ほど音のした方角を見ていると、下の谷間からもうもうと土煙が上がってきた。先生は音を聞いただけで雷かがけ崩れかがすぐに分かる。すごい。
この辺りから勾配は緩やかになり、道沿いにいろんな高山植物が美しい花を咲かせているのが目に付く。特に7月前後だと、紫色のルピンや真っ赤なペイントブラッシュなどがあちこちで咲き誇っている。道が割りと平坦になってきたところで、目の前に釣鐘型のリバティー・キャップと呼ばれる山が見えてくる。ネバダ滝までもうすぐだ。そのまま1時間も進むと、ネバダ滝の上に出る。到着したら軽食と水分をたっぷりとって休憩し、水の補給(川の水を補給するときは、必ず浄化剤を使うこと)を忘れずに。トイレは滝のすぐ上にあるが、いつも込み合って行列ができている。もし我慢できるのならリトル・ヨセミテバレーまでがんばろう。リトル・ヨセミテバレーまでは約1時間半。マーセド川のそばを歩くので、その気になれば再び給水できる。
▽ラクダが寝転んだようなハーフドーム
リトル・ヨセミテバレーまでの道は日陰が少なく、マンザニータの低いブッシュが道脇にあるだけで単調だ。道も岩や石が多く、ガラガラと歩きにくい。しかしバレーに近づくにつれロッジポールやポンデローサ・パインの木が増え、木陰が増えてくる。向かって左手を見てみよう。ハーフドームがまるで巨大なラクダが横たわったような姿でそびえている。下のヨセミテバレーからみる方角とは、真反対になる。ここからドームの右手へ進み、頂上を目指すことになる。
リトル・ヨセミテバレーに着いたら、分岐点を左に進もう。右はキャンプグラウンドへ入る。左の道を500メートルほど進むと、右手に山小屋のような建物が見える。トイレ棟だ。こっちのトイレの方がよっぽどすいている。1回目の登頂のときは、朝8時にハッピーアイランドを出発。午後2時半にリトルヨセミテバレーに到着し、キャンプを張った。12人の仲間もそれぞれ体力差があり、すぐにテントを張れないくらいバテていた人もいた。
リトル・ヨセミテバレーまでは早い人で約4時間、遅い人でも約6時間あれば到達する。ここから頂上までは約4時間半。下りはもっと早いから、往復ではトータルで15時間ほどかかる。リトル・ヨセミテバレーからは、水場が1〜2カ所しかない。季節によっては枯れてしまうので、ここから上に上がるときは最低でも2リットル以上の水を持って行こう。リトル・ヨセミテバレーの奥へ進むと、勾配がだんだん厳しくなってくる。ここからはパインの木が多くなり、清涼な香りが漂う木陰の中を約2時間登ることになる。
▽まず最初の難関、数百段の石段
この森林地帯を登りきると、約8合目だ。ここからがまず、最初の難関。数百段の石段が待ち構えている。日陰がなく、急勾配で仲間は息も絶え絶えで登っている。ジグザグ道を登っているときは、みんな押し黙ったまま一言も口を利かない。参加者のなかに、70歳近いおばあさんがいたので、僕はずっとその人の手を引いて石段が終わるまで一緒に登ってあげた。しかし手を引いていたためか、途中で背筋がつってしまい、石段を登りきったところでかなり長い間休憩していた。この付近からはヨセミテの大パノラマが広がる。右手にはヨセミテバレー、左手にはシエラネバダの山々が軒を連ねている。そして正面には、頂上へ至るケーブルが設置された最後の難関である岩山が、陽光に白く反射してそびえている。
▽酸素、酸素を〜
ここへ来た時点で、一緒に上っていた参加者はみんな超グロッキー状態。それを見た先生が僕に「行きたいんだったら先に行っていいわよ」と声をかけてくれた。僕は参加者では一番乗りで、ケーブルにしがみつき始めた。しかし、先頭を切って登りはじめたことにすぐ後悔し始めた。なかなか前に進まないのだ。ケーブルは幅約1メートル。3〜5メートルおきに渡してある中板で足を止め、休み休み登るのだが、段差やくぼみなど、足がかりになるようなものなんかない。岩肌はつるつる。そこに足を突っ張って、手はまるでボートこぎでもしているようにばたばたとケーブルにからみつかせ、中板で息も絶え絶えに「酸素くれよー、酸素」とかつぶやきながら登り続けることになる。勇んで先頭を切って登りはじめたものの、後から来た仲間に抜かれたら末代までの恥。日本人の名誉にかけて、ここは先頭を死守しなければならない、と思っていたが、なんだ、みんな遅いじゃん。次の人なんか僕の50メートルくらい下を、金魚のように口をパクパクしながら登ってる。というより、ケーブルにしがみついてる。
▽ネーちゃん、かっこいー
この間、上を見上げても頂上が見えないし、上から降りてくる人とすれ違うときには、ケーブルの一本から手を離して譲り合わなければならない。下を見るとそのまままっさかさまに落ちていきそうなくらいの勾配なので、うかうかしていられない。「何でこんなこと来ちゃったんだよ〜」って、涙声になりそうになるが、もうここまで着たら登りきるしかない。「酸素を〜」とつぶやきながらボートこぎ作業を続けること約40分。上から降りてきたブルネットの元気そうな白人ネーちゃんが「あと200フィート(約60メートル)よ。頑張って」って、真っ白な歯を陽光に光らせながら励ましてくれた。ゴールドに光るサングラ

スも決まってる。か、かっこいー。僕も早く登りきって、あのネーちゃんみたいに登ってくる人に「あと200フィートだよ」なんてかっこつけて言ってみたい、なんて茫洋として考えていたら、頂上へのケーブルが目の前でなくなっていることに気づいた。やった、頂上だ。着いたぞ。一番乗りだ。
▽大パノラマに感動
頂上はとてつもなく広い。ここからは、バレーのそこにいたときにはほとんど見えなかった高い山々が一気に見渡せる。ヨセミテはおろか、シエラネバダの連山がものの見事に広がっている。ここで軽食を取り、後から来た仲間や先生と記念撮影をしたりして、感慨にふけった。

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