いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2010/11/24

風月同天  いのち

昨日11/23 古都奈良 唐招提寺の紅葉を楽しみました。

「会津八一のうたにのせて」という平城遷都1300年祭特別展が、
奈良県立美術館でありました。受付にいらした案内の中年の女性が、最初も最後もエレベーターまで案内してくださって、とても親切にしてくださいました。

主に書と拓本が多く展示されていました。
会津八一の書は、独自に古典から学び、個性的な作風と、仮名の分かち書きの歌が有名です。

奈良の仏像の美しさに、ギリシャ彫刻からの流れを古美術としてみていたようです。
旧制早稲田中学で教頭をしているとき、権力争いの泥にまみれることを嫌って辞めたのも潔く、私はそのような孤高の人に魅かれます。

万葉集と郷里新潟ゆかりの良寛を敬愛していたことも、興味深いです。
私も良寛の天衣無縫の書が好きでしたから。

風月同天」という額がありました。この言葉は、鑑真和上に日本への渡航を決心させたものだそうですが、人を差別することのない人類愛を感じます。
--どこにいても、同じ天をあおぐ人間の住むところは、風も月も変わらない--という意味。
額に書いた漢字が、とても素晴らしかったです。
日吉館、飛鳥園、春日神社宝物殿、海潮音、、どれも見事でした。


TBSが制作した映像が上映されていて見たのですが、若い仲代達矢が会津八一をそれらしく演じていて良かったです。ナレーターは若村真由美でした。生涯をとても分かりやすく説明してくれて、奈良を訪問するようになる前に、子規庵を訪ねていたことは初めてしりました。坪内逍遥は生涯の師。

全人的理想の実現をめざしていて、早稲田の学生に学規として
1.ふかくこの生を愛すべし
1.かえりみて己を知るべし
1.学芸を以て性を養うべし
1.日々新面目あるべし
と教えていたそうです。
人間としての存在を完全なものに高めていこう、という決意の表明。

東京大空襲で自宅が全焼、膨大な書物や資料、著述が消失。故郷新潟へのがれる。
どんな心境だったでしょう。

書家としての会津八一の孤愁に満ちたあゆみを、もっと知りたいと思いました。

終わりの方の部屋に、飛鳥園の小川晴暢の見事な仏像の写真が7点飾ってありました。とても大きな写真で迫力がありました。中宮寺の魅力的な「菩薩半跏像」、東大寺法華堂の「月光菩薩立像」は、祈りの姿です。


おほてらの まろきはしらの つきかげを つちにふみつつ ものをこそおもへ
この歌を知ってから、ずっと唐招提寺へ行きたいと願っていました。
学生のころ1度訪れた記憶があったのですが、鑑真和上の木像をみてから、また行きたいと思い、昨日果たせました。

紅葉がひときわ美しく、木立の細い道へ分け入って撮影しました・・といっても携帯ですが。
本堂のあの円柱もしっかり触ってきました。
ここに早朝か、満月の夜、あまり多くの人がいないで佇むことができたら
どんなに幸せなことだろうと思いました。

本堂の左、戒壇院にも興味があったので、行ってみました。
するとちょうどお坊さんが、5,6人の男女を案内していらっしゃいました。
説明を聞いていたら「仏教はそもそも偶像礼拝ではありませんでした。鑑真の教えは、仏陀を拝することを教えていたのです」「五戒というのがあって、盗むな、うそをつくな、姦淫をするな、お酒はほどほどに、、、」と。十戒のあとの6つと似ているなあと思いました。


講堂の上に浮かぶ雲は、ほんわりしていて美しく、心がなごみます。

仏像は国宝らしいのですが、大きくて細部まではよく見えません。なんだかほこりをかぶっているようでした。映像で見たほうがよく分かる気がします。
若い女性が、私の横で熱心に拝んでいました。何を願っていたのでしょう。

気になっていた、首のない「如来形立像」は、新宝庫のほうにあるらしい。東山魁夷が奉納した12双の屏風(この前見ました)があるところかもしれませんが、見逃しました。

会津八一は、信仰の対象としてというより、古美術品として、親しみを込めて仏像に接していたような気がします。
深くものを思う場所として、奈良はかけがえのないところだったのでしょう。




とてもいい秋の1日を過ごせました。

1時間もかからずに行ける奈良、、、
これからもあちこち行ってみたいお寺や美術館があります。



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唐招提寺 金堂   ゆがんでいるのは、私のせいです。



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講堂の屋根の上の雲  ほんわり浮かんでいました。



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戒壇院へ行く道の奥の紅葉。ちょっとぴんぼけ。

やはり携帯なので、迫力に欠けます。
玄柊さんのようには、いきません。ごめんなさい。
2



2010/11/24  19:58

投稿者:モネ

唐招提寺に分骨するほどに、会津八一の心は奈良にありました。
展覧会を見たあとで寄ることができて良かったです。素敵な紅葉でした。
3月には、どんな花が咲いているでしょう。「如来形立像」・・ご覧にな
れるといいですね。
携帯の写真・・・お粗末で、失礼しました。とても玄柊さんのようにはい
きません。
いつもコメントをありがとうございます。

2010/11/24  19:47

投稿者:玄柊

会津八一と奈良は、彼の短歌作品を生むにはこれほどふさわしい場所はなったと思います。中でも唐招提寺は、彼にとってはベストの場所だったことでしょう。来年の3月、奈良を訪れるつもりですが、楽しみになってきました。特に「如来形立像」が見られるといいのですが・・。
奈良の紅葉はピークですね。

http://northland-art-studio.web.infoseek.co.jp

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