いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2021/11/23

迎賓館赤坂離宮  芸術・歴史

明治という時代をより深く知るためには、
いろんな角度から見ていく必要があると思います。

日曜カルチャーの11月は、「迎賓館赤坂離宮と京都迎賓館」というテーマで
元内閣府迎賓館館長…安藤昌弘氏がお話してくださいました。

第1回は「迎賓館赤坂離宮と明治の近代化」というテーマで、
赤坂離宮が明治の近代化、文明開化の総決算ともいわれるゆえんについてのお話。

1899年〜1909年 東宮御所として建てられた。
建築家 片山東熊(英国人ジョサイア・コンドルの直弟子)の総指揮のもと
著名な学者、芸術家、技術者が集められ、国の威信をかけて総力をあげての建築。

昭和天皇は、東宮時代に、ここに住まわれ、関東大震災を経験なさったという。
なぜ、あの豪華で巨大なシャンデリアは、落ちなかったか。
それは、天井裏にその秘密が隠されていた。
公園のブランコの原理で、三角に組んだ鉄骨が屋根裏に作られていたという。

建築様式は、ヨーロッパのものを取り入れても、
地震の多い日本では、それに耐える工夫がいる。
その叡智と努力に頭が下がる。

かつてフィリピンの外交の役人たちが、ここを見学して、
日本がこの建築物を建てるのに、20年でその技術を習得し、
かつ、石材、煉瓦など、日本では手に入らない多くの資材を調達した・・・・
と、館長である安藤昌弘氏が語ると、それまで、私語をしていた人たちが、
しーんとなり、真剣に説明を聞いたという。

ヨーロッパ列強から、馬鹿にされないように、植民地にされないように
日本という国の指導者たちが、涙ぐましいほどの心血を注いだことを思うと、
ありがたく思います。

ただ、その富国強兵がいきすぎて、軍国主義に走ってしまった
その過去も忘れてはならない。

美しい迎賓館は、両手を広げるような形で、賓客を迎える。
安藤昌弘氏は、その形が好きだとおっしゃった。


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  迎賓館赤坂離宮  内閣府のHPからお借りしました
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タグ: 歴史



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