いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2021/6/9

三島由紀夫VS.全共闘 50年目の真実  ひと

なんと、今年の2.26に封切りされた映画が、
もうアマゾンプライムで見れました。

100分de名著で、三島由紀夫の『金閣寺』が取り上げられ、
三島の再来と言われたという、平野啓一郎さんが講師だった。

1969年5月13日。
東大駒場キャンパス900番教室に、1000人の大学生が集まり
三島由紀夫を待っていた。

言葉、論理の闘いに、三島由紀夫は単身乗り込んでいった。

当時の討論の映像は、もちろん迫力があった。
学生たちの挑戦に、果敢に、誠実に答える三島由紀夫。
時には、ユーモアも交え、議論を闘わせる。

TBSの独占映像だから、当然意図をもって編集されている。

けれど、現在70歳を過ぎている元全共闘の闘士3人の発言や、
社会学や作家など4人の分析もあり、
とても分かりやすく、面白かった。

また、三島由紀夫の組織した、民兵組織「盾の会」の一期生たち3人の発言もあった。
彼らもすでに70歳を超えている。

識者としては、内田樹、小熊英二、作家でもある平野啓一郎、瀬戸内寂聴という錚々たる人たち。
彼等の言葉は、説得力があった。

私個人としては、元全共闘の芥正彦の最後の意見に賛同する。
すなわち、なぜ、あの熱い「伝説の討論会」のあと、1年半で自決したのか。

芥正彦は、「三島は見事に、演じきった」という。
芥自身は、現在も演劇者である。今も、生きている自分を、しっかりと認識している人。

三島由紀夫は、作家としての地位を確立し、なお、肉体を鍛え、
彼自身の美学と信念に殉じたのだと、私は思っていた。

1930年代に10代であった男子は、「生き残った負い目」を感じていたという。
天皇に命を捧げるべきである、、、、という教育を受け、純粋にそれを信じていた。
高校卒業の時、天皇陛下に会ったという体験。

このドキュメントの結論として、
三島由紀夫は、言葉の永続性を信じていたという。
全共闘も、三島由紀夫も、反米愛国という点で、一致しているという。
権力と闘うという姿勢は、同じである。

そこには「熱と敬意と言葉があった」
「言葉に力があった、最後の時代」

「言葉が翼をもって、この会場を飛んでいるのだよ」
という三島由紀夫の言葉が、忘れられない。

50年経って、見えてきた真実。

45歳で自ら散っていった一人の男の生涯。

私の父と1歳しか違っていなかったことに、
不思議な思いがする。

同い年の友人は三島由紀夫が、自決したときに、その現場へ駆けつけたという。

私は、地方にいて、薄暗くなった夕暮れ、バス停で並んでいた時に、そのニュースを聞いた。
とても驚いて、大学へ戻って、テレビを見てくると走っていった男子学生のことを、
ふと思い出した。

青春と呼べる時に、三島由紀夫が命を絶ったのを、私は知った。

そのころは各国で、デモ行進があり、世界中が、揺れていた。


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  ガクアジサイ (「よしみが行く」さんからお借りしました)
   綺麗な青色、瑠璃色ですね。
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