いつも喜び、 絶えず祈り、 すべてを感謝する。 そのような日々を過ごしたい。

2021/1/23

映画 長いお別れ   ひと

中島京子原作の映画「長いお別れ」をアマゾンプライうで見ました。

「小さいおうち」で中島京子さんを知った。
この映画が、彼女の作品であるとは知らずに見ました。

認知症がテーマだとわかり、なんだか切ない気持ちになった。
見るのがつらいようなところもあった。

山崎努が、だんだん物忘れがひどくなる70歳からの元校長先生を好演。
長女 竹内結子
次女 蒼井優
妻  松原智恵子

2年ごとに時が過ぎる。
2019年5月の公開なので、映画には、東日本大震災があり、2020年の東京オリンピック開催決定の場面もある。

長女の息子である孫との対話は、良かった。
祖父を、漢字マスターであると敬意を払う孫息子。
最後に廊下を行く姿は血縁を感じさせるものだった。

中島京子さんの父親が、2004年アルツハイマー型認知症と診断され、2013年に亡くなったという事実・体験をもとにしたであろうフィクション。

優秀でしっかりしていた父親が、変わっていく。
家族はその現実を受け入れたくない。

見終わって、なんだか寂しい気持ちになった。

いろんな最期があることを思う。

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  カタクリの花
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2021/1/22

細川藤孝 明智光秀  芸術・歴史

「英雄たちの選択」で、細川藤孝を取り上げていた。

なぜ、本能寺の変の時、明智光秀の援軍要請に応じなかったのか?

この度、新しい古文書の発見などにより、解明されたことがある。
また、細川家に残る膨大な資料から、書状を読むことでわかることもある。

戦国時代という、戦乱の中にあって、文武両道。
母方が天皇家に仕える家ということもあり、いわゆる当時の文化人であったようだ。

光秀の娘、玉(ガラシャ)を、息子忠興の妻にしているのに、
あくまでも信長への忠心を表した。(あるいは装った)

お家存続ということであれば、細川家は見事に生き残った。

闘うことよりも、籠城することで、平和の道にを切り開いたことになった。


しかし、どうしても、私は明智光秀に同情する。

神仏を畏れず、野望、欲望に突き進んでいる信長の暴走を抑えようとしたのが
光秀だと、私は思いたい。

細川藤孝は、どこを見ていたのだろう。
なにを志としていたのだろう。


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  水仙 (「よしみが行く」さんからお借りしました)

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タグ: 歴史

2021/1/20

NHK カルチャーラジオ 歴史再発見  芸術・歴史

毎週火曜日 午後8時30〜9時 R2(ラジオ第二放送)

カルチャーラジオ 歴史再発見

「会計と経営を巡る500年の歴史」

講師 公認会計士  田中靖治

3回まで聴き逃しラジオで聞きました。

表題を見ると、なんだか難しそうですが、
歴史、文化、芸術の解説が面白い。

講師は、作家でもある。
だからか、落語を聞いているような気分になりました。

話がうまい!

イタリアで、帳簿を付けることが商人の間で広まった。
簿記と銀行。

ダヴィンチと簿記の父との出会い。

南ヨーロッパの様子を、イタリアを中心に2回離され、
3回目は、海路による北ヨーロッパと南ヨーロッパの貿易。

南の製糸業と、北の活版技術印刷技術。

インドの数字の使用によって、数学が発達し、それは科学を発達させることになった。

海路によって、ヨーロッパの北と南の交流が盛んになり、
互いに競い合い、協力しあって、経理の方法を改善してきた。

中世の宗教絶対から、科学の世界へ。。。

なるほど、なづほどと、教えられることがいっぱい。

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 神秘的なわたげ (「よしみが行く」さんからお借りしました。

   背景の青い色が神秘的ですね。
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タグ: 歴史

2021/1/19

伊能忠敬 日本地図測量  ひと

「英雄たちの選択」で、伊能忠敬を取り上げていました。

学校で習いました、日本地図を実測の測量をした人。

磯田道史さんが、彼の後半生ではなく、前半生に焦点をあてて考えたい、と言われた。
 (磯田道史は、『武士の家計簿』でその名を知った。その後、テレビでよく見かける
  ようになり、その明快な発言に注目している)

忠敬は、伊能家に婿養子に入り、名主としても、商家の主(あるじ)としても優秀であった。

私が一番感動したのは、天明の飢饉のときに、多くの飢えた人に、お米やお金をあげて援助したことです。
1787年、天明の打ち壊しが、江戸で起こったときにも、地元の貧民救済に仲間の商人たちと取り組んだ。
その結果、打ち壊しも、餓死する人もなかったという。

身銭を切ってでも、困っている人たちを助けたいという精神。

当時、名主は、地域の人たちを守らなければという使命感を持っていたという。

財をなしてから、暦学を江戸で学び始めた時が、50歳。
測量に出たのが、55歳。

最初は自費で弟子たちと共に、測量を始めた。
その地図の正確さに驚いた、徳川家斉が、そのご幕府の事業として資金を出してくれるようになったという。

幕府にとって、正確な地図は、とても貴重なものだったことがわかる。

地図の測量の様子は、ドラマにもなった。

1745年2月1日生まれ 
1818年5月17日亡くなる。

壮大な志を、天から与えられ、忠実にその任務を果たした人物の生涯と、その人となりに、思いをはせる今日このごろです。



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 メタセコイアと池 (ブログ「よしみが行く」さんからお借りしました)

     いつもありがとうございます。
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2021/1/17

半藤利一 訃報 追悼  ひと

90歳で半藤利一さんが亡くなった。

2021年1月12日。

「日本の一番長い日 運命の八月十五日」を書いたのが、35歳。
これが最初の著書。

14歳で東京大空襲に遭遇。

2014年7月1日 憲法9条の解釈変更 集団的自衛権の行使を政府が認めた。
このことは、歴史の転換点として、後世に語り継がれるだろうと
半藤さんはおっしゃっていたようだ。

司馬遼太郎が、主役とする人物が見つからないという理由で書かなかった
ノモンハン事件を書いた。
「ノモンハンの夏」無展望、無責任、無能力な軍の中枢部が、第一線の兵士たちを、無駄死にさせた。

司馬遼太郎とも親交があり、また現代史を語り継ぐ会の保坂正康さんとも親しかった半藤さん。
歴史の真実を見極め、冷静に推察し判断することができる人だった。

文芸春秋の編集長などをやめてからの執筆活動が、その存在を世に知らしめることになった。
テレビでもお見かけすることがあった。

「漱石先生ぞな、もし」は読みました。

その膨大な著書、さてどの本から読もうか。

「焼けあとのちかい」という絵本。2019年に出版されている。
司馬遼太郎さんも、21世紀に生きる君たちへ」という本を、青少年に向けて出しておられる。

まずは、図書館で検索して、どの本から読もうか思案します。

亡くなっても、その主張、意見、忠告、勧告は、書物となって残る。
そこから、学ばなくては。若者たちよ!!

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  はなかんざし (ブログ「よしみが行く」さんからお借りしました)

    はなかんざし、大好きな花です。いつもお写真をありがとうございます。
     半藤利一さんに手向けます。
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