「いのちへ届くことば」

2010/8/11  22:02 | 投稿者: ますこ

 今日は、東海四県言語・聴覚障害児教育研究大会というのに行ってきた。午前中は絵本作家の内田麟太郎さんの講演だった。「おれたち、ともだち!」シリーズで有名だ。私もこのブログに2006年8月2日に紹介している。柳田邦男氏の著書の中で紹介されていて購入した。とても面白いなあと思っていたが、内田さん本人のお話を聞いてますます好きになった。内田さんは「職人」というような雰囲気の方でもともと看板屋だったとか。とてもユーモアにあふれるお話で、もっと力を抜いて、いい加減に生きていきなよっていう、そんなメッセージが伝わってきた。絵本は話を考えた人と絵を描いた人の両方の感性でできあがっていくものなんだなあということもよくわかった。ともだちシリーズの場合には話を作った時におおかみやキツネの絵のイメージが内田さんにはあったそうだが、それを降矢さんには言わずに完全に任せたそうだ。
 そんなこんなの絵本作りの話を面白おかしく聴いているうちに講演の後半に内田さんがなぜか時々死にたくなるというシビアな話になっていき、生い立ちの話へと移って行った。そしてスクリーンに映し出される絵とともに読んでくれた絵本が「まねっこでいいから」と「だれかがぼくに」だった。涙がとまらない。前者は母娘の虐待の連鎖の話。母親に抱かれたことなく育った人が自分が母親になってやっぱりわが子が抱けないという本当に内田さんに寄せられた相談から生まれたとのこと。「まねっこでいいからママ抱いて・・・」という言葉が切ないが、まねっこで抱きあった二人が感じた音はどっくんどっくんという命の音だった。後者は内田さんが内田さんの継母をいつか殺してやろうと思って生きてきた、でもある場面で殺さずにすんだ・・・という本当の話がモチーフになっているようだ。ある緊迫した場面で「殺さないで」というどこか懐かしい、やさしい声が聞こえてきて、人を殺めることなく、その場面が終わっていくというそれだけの話だけれど、描かれている絵や少ない言葉の組み合わせの中で、こういう声が聞こえてくるような温かな育ちがあることの大切さを感じさせた。読んでいる内田さんも声を詰まらせて涙声だった。ちょうど、マンションに幼い子供二人を置き去りにした事件があったばかりだ。母親はホストクラブで遊ぶのが面白くてとかその父親はどういう人でとかいろいろな報道がされているようだが、その母親が子供を捨ててドアに鍵を閉めたその瞬間から、彼女には一度もこういう「声」が聞こえなかったのだろうか。本当に不幸なことだ。
 内田さんは60歳を超えるころ継母から「愛さなくてごめんね」という言葉を受け、なにもかも許せ、死にたくなることもなくなったようだ。
 内田さんの講演には「いのちへ届くことば」という副題がついていてこういう副題だということは知らなかった、そんな話はできないと冒頭に言っていたが、「いのちへ届く」という言い方がぴったりだなあと感じた。
 さらにこの研究大会のテーマが〜「おもいをのせたことば」を育む教育をめざして〜ということでなかなかよいテーマだ。「コミュニケーション」なんていう言い方よりとってもいい。
 午後の分科会については後日。
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