放火事件に思う

2006/6/26  19:56 | 投稿者: 益子

 「奈良高1放火殺人」は父親が成績のことでうるさく、暴力もうけていて「何もかも嫌になった」と、母親や妹が死ぬかもしれないとわかっていて放火したとのこと。さらに福岡でも 「兄弟げんか父親にしかられ中1少年放火」という事件があった。
 奈良の高校1年生の事件では、医者にしたいからといってひっぱたいてまで勉強させることもないし、「集中学習室」だの「集中治療室」だのという言葉を使うことも子どもに対する愛情を感じない。息子がかわいそうだという気持ちを持つ。
 こどもは親の持ち物ではない。ひとつの人格を持ち、彼ら自身が自分の生命を自分なりに輝かせる権利も自由もある。子ども達は親には考えもつかないような、可能性、才能を秘めている。それは学校の成績なんてものでは、計れないものだ。彼らはそんな自分を信じ自分を開花させ自分らしい生き方をみつけること、自分の人格を高めることに夢を持っていてほしい。それを応援し、援助するのが親の役目だ。
 と・・・ほとんど高校生びいきだが・・・しかしもう一つの放火事件が起きてふと思ったのだが、今の子どもって「取り返しのつかないこと」っていうのが分からないのかなあ?ゲームの世界ではリセットとかできて、うまくいかなかったらすべて破棄して最初からやり直せる。さっき倒したキャラクターもまた元気に登場する。そんなことと現実との違いが分からなくなってしまっているのだろうかなんて思ってしまった。
 人の命の大切さを知るということは、どうやってはぐくまれていく物なのだろうか。私達はそんなことを改めて教えられなくても、充分すぎるほどわかって生きてきたように思うのだが。なにかが狂ってしまっている。それは子どもの世界ではなく、親たち大人の世界が狂ってしまったからだろうと思う。
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