旧友と。

2016/6/23  18:23 | 投稿者: masuko

 20年以上前に一緒に組んで仕事した友人と会った。それ以来ということではないけれど。

 彼女も私も定年を前に早期退職した。

 退職間際に一人一台分けられたパソコンが使いにくく、無駄な時間を費やし往生したこと・・・そんな話をしながら互いに笑った。

 一緒に組んだ時のことを思い出して、懐かしんだ。「あのころは楽しかったよねえ」って。

 個別の指導計画も支援計画もなかった。教員評価制度もなかった。

 3人の教員で5人の知的障害と肢体不自由の障害が重複している生徒さんを担当した。

 もう一人の男性の教員が「バケツで米を作ってみようか」って言いだして、

 「いいねいいね」とやり出した。観察日記を作った。彼が丹精こめたんで、米がちゃんと収穫できた。

 収穫したころに「じゃあ、精米について勉強しよう」ってことになった。

 彼女が「精米所に勤めている知り合いがいる」って言いだし、精米所への校外学習を突然企画した。年間計画にない突然の校外学習は「だめ」、とあのころの管理職は言わなかった。

 もみ殻付きと玄米と、白米の炊き比べ、食べ比べをしようと私がいって皆で食べてみた。障害のある彼らには「味覚」比べはちょっと難しかったようだった。

 それでも、「精米」ってことは少し理解してくれたみたいだった。

 学習発表会では「米作りの歌」を作って(何かのメロディーを使った替え歌)米作りその他の経緯を発表した。

 行き当たりばったりだった。指導計画なんてあるようなないような。

 やっていくうちに思いつく楽しいことをやった。

 それをやることの個人の目標なんて考えなかったかも。「子ども達の生活が少しは豊かになるさ」っていうおおざっぱな「前向きな気持ち」「自負」は持っていた。

 先生が楽しかったから子どもも楽しかったと思う(そのはず)。

 そして、男性の先生が子ども達と一緒につくったバケツ稲作りの観察ノートを農協だったかなんだったか忘れたが、そのころバケツ稲作りを推奨していた団体に送ってみようと言うのでそうすることにした。

 それが「賞」をいただけることになり、雑誌の取材をうけ、親もそろって授賞式に東京の銀座まで繰り出すことになった。春休みだったし、学校の学習にはならない、だから旅費もでない・・・って。それでも管理職が「ごめんね」って言ってくれたと思う。
 
 そんなことはどうでもいい。みんなでわいわい行った。

 楽しかった。

 授業することが楽しかった。生徒たちの笑顔が励みだった。

 目標は、それぞれの子どもへの手立ては、指導計画は・・・そんなことをうるさく言う人はだれもいなかった。

 こういうことを経験できない、今の先生たちは気の毒だ。

 珍しく、仕事関係の思い出話でした。






 
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