「悩み」生き方のサイエンス

2015/10/28  17:31 | 投稿者: masuko

 「悩み」生き方のサイエンス 宇宙に身をゆだね混迷の時代を生き抜く! 天外伺朗

 山陽地方の旅行前から読んでいたけれど、旅行中はおいていったんでずいぶん時間がかかってしまった。

 今まで読んだ天外さんのものと基本的には同じことを言っているけれど、理論の展開の仕方とか例の出し方とかが違ったり、さらに心理学的にサイエンス的に「宇宙に身をゆだねる」という怪しげな言葉を説明してくれてあってとても解かり易い。

 少しだけ引用。

 このように、世の中の紛争や戦いは、ほとんどがシャドーの投影から始まっています。紛争は、戦う人の心の安定のためにおこされるのです。

 シャドー:「こうであるはずの自分」にとって好ましくないと思ったことや、意識する前に抑圧してしまった部分人格は意識の下に抑圧されます。心理学ではそれをシャドーと呼んでいるのです。シャドーを認めることは「自分とはこういうもの」という自己概念の崩壊をもたらします。それは自分というイメージの死にさえつながる衝撃ですから、私たちは恐怖をかき立てられるのです。そのため、私たちはシャドーから湧き上がってくる衝動を感じ取ると、無意識のうちに、それを他人に投影することになります。簡単にいうなら、「なぜかわからないが、不安だ」→「私が不安なのはきっと自分を陥れようとする敵がいるからだ」→「それはあいつだ」という置き換えがおこなわれてしまうのです。


 定職に就かない若者や引きこもりの若者の中には、人類の進化を先取りして、戦う社会にうんざりし、新しい生き方を模索している人がたくさんいるはずです。そして、悩みと戦う生き方を選ばない彼らが、悩みへの新しい対処法を模索していく中から、新しい文化は生まれるはずです。そして、そういう文化が社会の基調になったとき、人間社会は大きな変貌をとげることでしょう。


 私の師匠である先住民の長老、セクオイヤ・トゥルーブラッドはしばしば「私たちは分別(judgement)を手放し、身の周りのすべての人やもの、出来事を受け入れることを学べば幸せに生きられるんだ」と述べています。

 「分別」:本来の仏教用語としての「分別」は深い意味さえわからないまま頭で判断して物事に白黒をつける、人間の浅知恵を意味していたのです。

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