追悼の達人 嵐山光三郎

2015/5/22  21:12 | 投稿者: masuko

 読み応えがあった。

 後がきから
 この五年間というもの、私は作家への追悼文ばかり読んで過ごしてきた。八畳の仕事部屋は右も左も追悼文だらけである。近代文学館はじめ神田西秋書店ほかで収集した古雑誌とコピーの山である。その中で寝るから喘息が悪化し、ヒューヒューと音をさせながらこの「あとがき」を書いている。

 こうまでして追悼文を読み、求め、書こうとしたもの。作者の執念みたいなものを感じる。たくさんの作家の追悼文を読んで追悼文を書いた人のことも追悼された人のことも評した。とても的確に、するどく評しているように感じる。

 追悼はナマの感情がでる。

 とも書いている。そのナマに魅せられ虜になったのかな。

 どれも面白かったけれど、岸田劉生の項を読んで、あの教科書にも載った麗子像の作者はとんでもない飲んだくれで酒で身体をこわし38歳で亡くなっているとは・・・今度、どこかの美術館で岸田劉生の絵を見つけたら今までと違う気持ちで見ることが出来るよな。

 作家も画家もその作品だけでなく、その生き様を知るというのはもうひとつの鑑賞方法だね。

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