四国歩き遍路 とりあえず総括

2015/5/20  10:40 | 投稿者: masuko

 5泊で「なるべく歩くよ遍路」に行ってきた。

 夫が一昨年1〜59番まで打って膝を痛めて断念し、今回、関西に旅行にいったついでに四国により続きをやろうということになった。従って60番から。私も同行してみることにした。

 印象その他

@ 歩き遍路をしている人達
 圧倒的にリタイア組の男性の一人歩きが多い。宗教的な意味合いはあまり感じられない。宿での情報交換の様子は歩く行為のあれこれ、日程の工夫や苦労話などなど。退職後の時間を利用してチャレンジしてみるかね・・・って感じ。もちろん旦那もこのグループ。
 それに比べリタイア組の女性の一人旅というのはあまり見かけない。20代、30代の比較的若い女性の一人歩き遍路は見かける。どうしたのかな。仕事は?彼女達にはやや思い詰めた表情があるかも・・・・いや、ただ歩き疲れているだけか。
 たまに、若い僧侶の卵達がいる。お寺での読経の素晴らしさで気がつく。
 白人系の方も一回みかけた。
 エンドレス遍路ということばを聴いたことがあるが、これはもしかしてホームレス?っていう人が遍路っぽい感じで無人駅のベンチで寝ていたなあ。ごみ袋にた〜くさん囲まれて寝てたからここに滞在中??
 民宿、ビジネスホテル泊まりか野宿かで当然荷物の量も違うし身体から出ているオーラが違うようだ。

A グループでワゴン車移動遍路が多い。
 これはリーダーがいる。この人は「先達」っていう雇われなのか、そのグループのリーダーなのかは?読経等をリードし、なにやらカチカチと打ち付けて音頭をとっている。
 
B 土日はかなりの賑わい。夫婦で友人で車で・・・あるお寺ではお茶、和菓子、手作り巾着袋の御接待が出ていた。檀家の奥さん達とかがやるのかな。

C 山道、石段、田舎の道、幹線道路の歩道、歩道もなくて交通量も多く怖い車道の隅・・・まあ、途という途を歩くから飽きないといえば飽きない。歩くという行為は癖になるところがある。病みつきってやつか。余分な事を考えずにひたすら脚を前に運ぶ、いわゆる三昧っていう気分になるのはよい。
 遍路道保存会とかが詳しい地図を販売しているし、電柱やガードレールなどに遍路道マークのシールを貼ってくれてあるから迷うことはない。
 特に信心深いわけではないけれど、苦しいなとか暑いなとかちょっといやになったなっていうときに「南無大師遍照金剛」って唱えながら歩くとよいリズムでしばしがんばれたよ。

D 日本人ていうのは信心深いのか? 確かにこれだけの神社仏閣があり、こうしてお参りする人が後を絶たず・・・・みんな声を揃えて般若心経を唱え、お賽銭を入れて、納経帳に御朱印をしてもらう。でもなあ、こういう行為と日々の生活の営みというのにはギャップはないだろうか。現世利益をお願いすることと自らの生活を省み、神や仏の御心にかなう物になるように努力するっていうのとは別の次元なんだね。自分の行動や気持ちも含めてなんだか不思議な気持ちになった。
 実は我々は御灯明とお線香をあげ、納札を納札箱にいれるだけで、読経もせず、納経もせず、手をあわせるだけの簡単バージョンでした。でも、夫は義父母の写真を持っていってご本尊のほうにみせていたよ。供養のつもりはあったみたい。私はカバンの中に父母兄姉の写真はいれておいたけれど、まあ、一緒に行ったよというつもりぐらい。自分に宗教的な気持ちがあるかどうかはよくわからないけれど、弘法大師っていう方がキリストやお釈迦さんのように霊的なパワーがかなり強い方だったんだろうなとは思っている。そういう大師様とちょっと繋がっていたいっていう気持ちは自分の中にあるみたいだな。んーよくわからん。

E すれ違う地元の人々は総じて暖かくあいさつをしてくれる。「御苦労様」などと言ってくれることもある。地域によっては中学生や高校生などもあいさつしてくれる。

F「歩いて遍路」っていうとなんだかとっても修行っぽく、素晴らしい響きがしているけれど、歩くのだから当然日数がかかる。結果、費用がかかる。宿泊費、食費等を考えると、野宿系でなければ相当なものになる。我々夫婦も一日の行程が終了すれば、シャワー、洗濯、ビールで乾杯がコースだ。つまり、「そうとうなヒマ人の究極の道楽、贅沢」と言える。これだけの時間があり、費用を支出できることに感謝しなきゃいけない。


 
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