お能の見方 白州正子

2014/11/7  17:25 | 投稿者: masuko

 白州さんの文章はズバッと切るっていう感じで好きだ。「誰がどう思おうと私はこう思う」そういう文章だ。
 早い話、能を観るときもそれでいいって言っているような気がする。「私はこう感じる」それでいいんだよね。

 室町時代の観衆は、少年の清純な肉体に、古代の神々が半裸の巫女に見たそれと同じ魅力を感じたに違いありません。歌舞伎の女形が、女以上になまめかしいのは誰しも認めることですが、そうでなくとも男が女に扮装するという抽象的な美しさは、広くいえば仏像にまで通じる美しい人間像の典型ではないでしょうか。そういう神秘的な美しさを、同性愛(ナルシズム)の卑俗な趣味と結びつけたのがお能です。(中略)世阿弥は教養の高い人にも、低い人にも、同じように面白く見えるのが念願だったのです。

 お能に雰囲気をつくり、風情を与えているのは、言葉の力ではなく、意味でもなく、肉声であり、その抑揚であり、更に言えば姿の美しさなのであって、囃子が音楽でないように、謡は文学ではないことを・・(略)

 暮れに観るのが楽しみになってきました。

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