『青鞜』を読んで

2006/1/13  21:03 | 投稿者: 益子

 瀬戸内寂聴の『青鞜』を読んだ。女性運動の先駆者で明治、大正、昭和を生きた「平塚らいてう」の伝記小説だが、一人平塚さんのことに終わらず、明治生まれの女性達が、どのように「自分を、女を、男を、家庭を、社会を」見て、感じて、そして行動してきたかという点で大変に興味深い内容だった。現在の女性の地位や権利、生き方の自由はこれらの女性運動家や女流文学者などが培ってきてくれた物なんだなあと面白く、また有難い気持ちで読んだ。また、今よりずっと世間の社会の因襲に囚われていない自由な生き方とも思えるところも多くあり、明治の女の凄さを感じた。
 小説は日本発の女性の文芸雑誌『青鞜』がつぶれてしまうところで終わっているので、その後のらいてうさんの生き方をネットで調べてみた。すばらしい業績でびっくりした。読んだばかりの小説『青鞜』の中のちょっと小悪魔的な男を翻弄してしまう多感なお嬢さんの平塚らいてうさんが、本当の意味で社会運動家に脱皮していったのだろうか。
 市川房江さんやらいてうさんが今の女性達の生き様をみてどう思うだろう。男女同権の社会で自由を謳歌している。社会的な地位も高いキャリヤウーマンも多い。反面、援助交際などに象徴される混沌もある。本当の意味で人間とし女性として十分に自我に目覚め、高め、発揮しているのかとお叱りを受けそうな気がする。以下、ネットからの引用。

東京生まれの社会運動家・評論家。女性運動の先駆者。本名は奥村明(はる)。ペンネームの「らいてう(ちょう)」は雷鳥をかなにしたもの。文芸雑誌『青鞜』を創刊、『元始女性は太陽であった』で始まる創刊の辞は、同時代の女性に衝撃を与える。

封建的な因襲を打破し、社会的にも家庭的にも、新しい地位を獲得しようとする近代的自我に目覚めた進歩的女性を意味する「新しい女」の出現を主張して、1920(大正9)年市川房江らと新婦人協会を結成、恒久平和の実現や女性参政権運動を展開し、第2次世界大戦後は諸種の女性運動に活躍した。

女性の集会及び結社の自由を奪っていた治安警察法第5条の撤廃をはかり、市川房枝、奥むめおらの協力で日本初の女性運動団体「新婦人協会」を結成。平塚自身は途中で協会運営から退くものの、奥むめおと青鞜の同人でもあった坂本真琴らを中心に運動は継続、ついに治安警察法第5条の一部改正に成功する。その他、高群逸枝らの雑誌『婦人戦線』へ参加、消費組合運動等にも尽力。
第二次世界大戦後は、婦人運動と共に反戦・平和運動を推進した。1950年(昭和26)6月、来日した米国のダレス特使へ、全面講和を求めた「日本女性の平和への要望書」を連名で提出。翌年12月には対日平和条約及び日米安全保障条約に反対して「再軍備反対婦人委員会」を結成。1953年(昭和28)4月には日本婦人団体連合会を結成し初代会長に就任。同年12月、国際民主婦人連盟副会長就任。1960年(昭和35)、連名で「完全軍縮支持、安保条約廃棄を訴える声明」発表。1970年(昭和45年)6月にも市川房枝らと共に安保廃棄のアピールを発表する。またベトナム戦争が勃発すると反戦運動を展開。1966年(昭和41)「ベトナム話し合いの会」を結成、1970年(昭和45)7月には「ベトナム母と子保健センター」を設立する。「女たちはみな一人ひとり天才である」と宣言する孤高の行動家として、終生婦人運動及び反戦・平和運動に献身した。
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