被災地訪問

2013/10/28  13:20 | 投稿者: masuko

 5月に南三陸町へボランティア+被災地見学といった企画に一泊二日で参加した。あれから5ヶ月。なんとなく、東北への気持ちが希薄になってきたように思ったので出掛けることにした。今回はボランティアなし。実際に行くことと多少なりともお金を落としてくることで支援と考えたい。
 一関発、気仙沼を通過しながら陸前高田市へそして大船渡によって盛岡へという一日の復興応援ツアー。代金の一部は松原を守る会等への寄附が含まれている。10人に満たない場合はタクシーになる場合もあり、語り部さんもなしというようなことが書かれているが、実際はたったの4人だったのに、大型観光バス、ガイドさん付き、陸前高田市での語り部さんアリという贅沢なツアーだった。ガイドさんからも語り部さんからも被災と復興に関するいろいろな話を聞くことができた。
 台風の影響はたいしたことなかったけれど、冷たい雨なので、全て車窓からの見学となった。陸前高田は地盤沈下がひどいからよく道路が冠水するそうだ。そこまではいかなかったけれど、水たまりが多い。元、水田だったところは池となりカモが泳いでいた。

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なにもかも流されてしまった光景は南三陸と同じだけれど、平野が広いのだろうか、酷いという印象をうけた。ガレキはおおかた片付けられているものの、住宅の基礎の掘り起こしはまだまだ。亡くなった方のいる公共の建物から取り壊しているようで、残っているものはなかなか無残な姿をさらけ出している。この中学校の生徒さんはすぐに高台に避難し全員無事だったとのこと。津波が建物の中を通り抜けていったことがわかる。

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ここは日頃の災害避難訓練で避難地になっていた体育館の跡地。津波到達時に300人以上の方が避難していた。ほとんど全ての方がなくなっている。
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持ち主のお考えで遺構として残している。屋上の棟みたいなところの上に「津波到達水位」表示されている
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奇跡の一本松レプリカ
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駅前メインストリート。左右に商店が並んでいた。

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 語り部さんが今、県が進めようとしている防波堤の建設には反対だと仰っていた。「そんな高い大きな防波堤を作ってしまったら、海がなくなってしまう。あんなことのあった海だけれど、やっぱり海があってこその陸前高田だ。海のお陰で生きてきた、日頃の生業を得てきた。海を大切にしたい」ということばが印象的だった。

 自然の側から言えば、津波がくるかもしれない所に住んでいた人間が悪い・・・ということなのではないだろうか。この辺りの海岸沿いは昔からの津波の経験で高台に住んでいたのに、便利さ等を求めてだんだんに海岸沿いに降りてきてしまったという経緯もある。
 ホテルでテレビを付けていると復興関係のニュースや番組が静岡よりも多くある。ちょうど、この防波堤に関する県と住民との話し合いについてもやっていた。今回、津波が到達したところにはもう住居は建てないことになったのに、いったい何のために誰のために防波堤を作るのかという質問に県は道路等のためにと答えていた。せっかく戻ってきた、海の生き物がまたいなくなる、豊かな自然が壊されるという反対意見が紹介されていた。
 復興はまだまだたくさんの課題を抱えている。
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