被災地に行こうC

2013/5/20  17:19 | 投稿者: masuko

 震災の報道に目や耳をふさいでしまうことが多い私だったが、役場の女性が防災無線で必死に町民に避難するように呼び掛け、結局ご自身は逃げ遅れて亡くなられたということは知っていた。防災センターの防災担当の職員を始め役場の職員がほとんど流されてしまい、後に残ったのは数人だったということも知ってはいた。
 
 その現場だ。現場に立つ。胸に迫ってくるもの・・・・それをどう処理すればいいのだろうか。この思いを今後の何に役立てていけばいいのだろうか。

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 防災センターの屋上に避難したのは30名ほど。助かったのは10名。仲間が流されてしまった。街が壊滅した・・・濡れた身体で雪の降るような寒い夜を凍えながらそのまま屋上で過ごすしかない。
 詳しくは河北新報がまとめたページがあった。ここ

 今、この建物を残すか取り壊すか、住民の間で話し合われているようだ。このことは南三陸町に限らず、被災したたくさんの地域で、いつまでも震災のことを忘れず教訓とするために震災遺構としたいという意見と、亡くなった方を思い出すのが辛いから取り壊して欲しいという意見の両方があり、その他、費用等の問題もあり大きな課題になっているようだ。ちょうど、仙台に前泊した日の夜、NHKのクローズアップ現代でやっていた。中学生が中心になって保存を訴えているところもあるようだ。
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