「死の医学」への日記

2006/7/29  10:20 | 投稿者: 益子

 医学の状況に関する本を読むことが多くなったのはいつ頃からだろうか。7,8年前に永井明の「ぼくが医者をやめた理由」の何冊かのシリーズを読んだことがきっかけか。そして鎌田實さんの本を読むようになったのは昨年、一昨年あたりだろうか。自分が中年という年代になり死を意識するようになったからだろうか。12、3年前に自分の兄や姉の夫である義兄をあいついで癌でなくした経験もベースにあるかもしれない(彼らはまだ41、2歳の若さだった)。訪問教育にたずさわり8年間ほど毎日、病院の中で仕事をしていたこと、包括医療、チーム医療という言葉の中で患者を支えるのは医師や看護師だけじゃない、教師も患者を支える一員だと自負していたことや小児癌でなくなるこどもたちとであったことも大きな影響があると思う。
 柳田邦男さんは現在は「自分の死を自分で創る時代」という。もう少し本書のあとがきを引用して言葉を加えると

〜疾病構造の変化(とくにガン死一位時代の到来)、高齢化の進行、少子時代、事故死・災害死の増加、核家族化、医療技術(とくに延命技術)の進歩、病院死の傾向など様々な要素がある。一人一人が「生活や人生の質」を求めるようになったことも死生観に大きな影響を与えている。このような状況の中で、気が付けば、延命医療の取り組み方が技術優先となって、「生活や人生の質」を求める生き方を阻害する場面すら見られるようになった。それはまた、死ぬに死ねない時代の到来という事もできる。それゆえに私は現代を「尊厳ある死を自分で創らないと人生を完成することのできない時代」より簡潔に表現するなら〜
とある。そしていくつかの取材や自分の周りに起こったことをご本人の心の動き、情感をもあらためて冷静に取材しているような感じで記述している。主にはがん告知にともない、どうしてもやり終えたい仕事、完成させてしまいたいことを治療より優先していく話や病院ではなく在宅ホスピスを選んでいく話などで、患者本人の話だけでなく看病する側の人にも視点を当てている。それらははじめの診断よりはるかに長く生きて心穏やかな死を迎える話となっていく。
 この本を書き上げている途中での息子さんの自殺と11日間の脳死状態。なんとも過酷な人生だ。それ故に柳田さんの論調は冷静とか理性的と論理的とかいう言葉では言い尽くせず、読むものの心に静かにしかし強く訴えるものがある。
 「自分の死を創る」
 死は生といつでも隣りあわせだ。人間がだれでも死に向かって生きている。死はけして忌み嫌うものではなく、人生の完成としてにこやかにおだやかに迎えたい物だ。それはとりもなおさず自分の生を磨き上げていくことなのだと思う。
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