えー、今日は某所にて友人のYさんに「娘1号はトウシューズを履くの?」と言われたのを受けて、トウシューズ話です。
トウシューズというのは、バレリーナが爪先立ちをするための特別な靴で、あまりバレエになじみのない皆さんでも「バレエ=つま先立ち」といったイメージは持っていらっしゃると思います。
私の小学校時代には「バレエ」という言葉を聞いただけで、なぜか反射的に学校の上履きでヨロヨロとつま先立ちをしてしまうという、まるでまるちゃんみたいな怪しい子どもたちがたくさんいました。今は…いないでしょうね。昔のように少女漫画やドラマでバレエが取り上げられることもめっきり少なくなったので、バレエ自体に憧れやインパクトを感じないのかもしれません。
で、トウシューズ。バレエを習っている人たちはポアント、もしくはポイントシューズと呼ぶことが多いようですが、この特殊な靴は、実は初心者や初心者の子どもたちの親の煩悩そのものなんです。
ところで、バレリーナはどうしてあんなふうに軽々とつま先で踊ることができるのか。不思議に思ったことはないですか?あれは、本当に努力の積み重ねによるすごい技術なんです。何年もバレエシューズ(レッスン用、または男性の舞台用のやわらかい靴)で足首や、足の裏の筋肉、そして、全体重がつま先にかかることを避けるための、体全体の引き上げを練習しないと到達できない、ある程度の上達の目安がトウシューズです。あの魔法の靴さえ履けば、誰でもふわふわ、くるくると踊れるわけではないんです。
言い換えれば、訓練によるある程度のレベルへの到達がない限り、トウシューズは履けません。無理やり履いて、トウで立てば、恐ろしい怪我につながる可能性もあります。
いざ、トウシューズを履き始めても、最初のうちはマメができてはつぶれ、次第に指先はタコだらけになっていきます。その痛さと言ったら…
トウシューズは、憧れやファッションで楽しめる甘いものじゃないんです。
ところが。
今子どもにバレエを習わせている親の私たちの世代はまさに「バレエ=つま先立ち」が刷り込まれている世代。母親の悲願は娘のトウシューズ舞台!であることが決して少なくありません。
結果、「一度チュチュを着て、トウシューズで踊ってくれさえすれば、いつ止めさせてもいいわ」などというような本末転倒な夢を持ってしまう母親も少なくないのです。
中には先生に直談判をして、「トウシューズとチュチュで舞台に出られないのなら、もう止めさせます!」などと無理難題をふっかける親もいる。
困ったことにバレエの先生だって商売ですから、「どうしても」と言われたら、少しは考えてあげなくてはいけなくなるときもあるんです
(いや、それでも凛としてママの考えを正すくらいのことをしてくれてもよいんだけどな〜なんて思ったりもしますが)。
その結果、森の動物から少年役まで、上半身は着ぐるみやシャツ、下半身はあくまでもクラシックチュチュ、そして、引き上げのできていない体に弱い足首で無理やりつま先立ちをしてヨロヨロ…といった醜悪な舞台になってしまうようなことさえ起こりうるのが日本のバレエ界の現状だったりします。
実は、我が家の娘1号は、そんな日本の教室で5年ほどバレエを習い、とうとうトウシューズの許可が下り、第一回目のレッスン!という直前にアメリカに来ることになりました。もちろん、こちらでもすぐにバレエ教室を探し、通い始めましたが、入学オーディションを受け、入れられたクラスは下から2番目。トウシューズどころではないクラスでした。
これには娘も凹み、一応バレエに理解があるはずの母親である私まででもが動揺しました(恥ずかしいことですが)。日本へ一時帰国したとき、当然のようにトウシューズのレッスンを受けている昔のレッスンメイトたちに、まだトウシューズをもらってない、なんて言えなかったと思います。
とにかく、彼女は年下の子どもたちと一緒に地道にレッスンを受け続けました。そんな中で驚いたのが日本と対照的な、トウシューズに対する考え方です。
日本の親たちが、少しでも早くトウシューズデビューさせようと躍起になるのに対し、こちらでは、教師が「そろそろポイントシューズを…」と許可を出しても、親のほうが「この子の骨はまだ成長しきっていないので、まず、医師のチェックを受けてきます」というようにとても慎重なのでした。
こちらの親たちだけが見かけのかわいらしさよりも子どもの健康を考えている、というわけではないと思います。ただ、こちらの親たちはトウシューズの危険性を知っているのではないか、と感じています。バレエが文化として根付いている、ということなんでしょうか。
日本のバレエママたちにも、もうちょっと考えてほしいところです。
ともあれ、そうして娘1号は基礎からじっくりとやり直すことになりました。週に2回のレッスンから始め、クラスが進むごとに3回、4回、5回と増えて行きました。年に10回ほどあるパフォーマンスの前は金曜も日曜もなく、週に7日リハーサルに通うことも少なくありません。そうして、1年半が過ぎた去年の夏、同い年の女の子たちに相当遅れて、ついに彼女はトウシューズを手にしました。ballet2から始まった彼女は次々進級し、ballet4を終えようとしていました。
基礎をじっくり積み重ねてからのトウシューズ。今では自分の足の裏のように履きこなしています。彼女は今、とうとう最上級のballet6にたどり着きました。急がば回れ、娘と先生に教わったような気がしました。
この1年間に娘1号が履きつぶしたポイントシューズ。足の強い人はすぐにシューズが柔らかくなってしまいます。
私が昔々習っていた「なんちゃってバレエ」で履いていたトウシューズ。引き上げも知らずに危ない立ち方をしていました。
学校の小さなリサイタルでガムザッティのヴァリエーション(ソロ)を。

7