2004/5/6

黒衣と白衣 その6  

 朝焼けが、東の空を虹色に染めていた。この町に、朝が始まろうと
している。新聞配達のバイクの音が聞こえる。フェンス越しにマンションの
屋上で体操している人と目が合い、麻衣は西の空の方へ移動した。まだ
こちらは暗い。給水タンクの陰に、そっとしゃがんでうずくまった。今さっきの
死が悲しい。
 悲しいのだけど、麻衣はそれ以上動かぬ自分の心に、何者なのだろう私は、
と思った。しばらく屋上でうずくまり、PHSで呼ばれ、地下に患者の家族と
上司や看護婦とともに降り、葬儀屋に運ばれていく患者の体を見送った。

「おまえどこにいたの?」

 病棟へ戻る帰り道上司に聞かれる。

「屋上、です...」

 そう小さな声で言うと、上司は黙ってぽんと肩を叩いた。

 ちょっと違うんです、とは言えず麻衣はうつむいて小さく礼をした。
上司は、今どんな気持ちで見送ったのだろう?ナース・ステーションですっと
パソコンの前に座り、今朝採血をした人達のデータをチェックする上司の背中を、
日常に戻り切れないまましばし見つめ、麻衣は立っていた。あんな夜の後に朝
だなんて、医者は、喪にふくす時間のない職業だと改めて思った。

 その後も、患者の亡くなる度に麻衣は黒衣の人と会うが、この人は
変わらなかった。いつもはらはらして救命を祈り、亡くなると泣き、
その患者の宗教に合わせたアイテムや小物を取り出して魂を慰め、
黒い袋に呼び寄せ、どこかへ消えて行った。思い詰めた表情で麻衣に
弁護士と検事の関係なのか?と問うようなことはもう、それ以来なかった。

 その後麻衣は4分割の最終章・冬を迎え、一番忙しい外科での
研修が始まった。マイペースの通用しない場面が必然的に増え、
一緒に働く人に迷惑をかけ、患者に間接的に時に直接的に迷惑をかけ、
徐々に居場所をなくしていった。外科なんて皆そんなもんだよという
真理子や真砂君の励ましは虚しく響いた。麻衣は、同期の中でも
人一倍迷惑をかけていると自覚していた。蓄積した疲れと寝不足と、
栄養の偏りが後押ししただろうか、麻衣は段々、死ぬことへの淡い
思いを自覚し始めた。こんな中で急死したら話題になってこの労働条件は
変わるんだろうなぁという頭の中の小さなブラックジョークからだった。
夜、机に伏せて寝ている時、屋上からふわっと飛び降りる自分が目に
浮かんだ。



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