2004/5/2

天使のchest pain 2  

「さ、裏から入ろう、」
医者はこんなはじめての症例にわくわくしていた。
一体どんな心電図波形が?どんな胸部レントゲン写真が?
たまらない。
「さささ、急ごう」
うずくまりかける天使をえいやとお姫様抱っこして医者は
誰もいない廊下をひたひた走った。天使は---とても軽かった。
「さ、ここで心電図を、」
眼科外来に心電図モニターを運んで白磁のようななめらかな胸に
電極をつけた。
「動かないでね、」
血走った目で、医師はモニターから吐き出される波形を見た。
「なんだこれは・・・ラテン語だ」
天使は痛みをこらえて自分で波形を見た。
「汝の身 すべて 神に ゆだねYa!とあります...
ああ、やっぱり私の発音が悪かったのだ、おお神よ許したまえ」
反省をし涙を流す天使にはあまり興味のないまま、血圧計を腕に
巻く。耳を研ぎ澄ませても、音がしない。だめだ。天使の心臓は
脈打つ物じゃないんだ。カテーテルで冠動脈を広げるどころの
問題じゃないな。
 医者は天使をレントゲン室へ連れて行った。ああいったいどんな
形の心臓が写る?血管系が写る?
「その白い四角に胸を当てて、そう羽は邪魔だからね大きく
広げてね」
胸の痛みに立っているのがやっとだったが、天使は怒りなど
知らなかった。翼を広げた美しいシルエットに一瞬医者は我を忘れ
かけたが、何とか人間の胸部写真用のエックス線量で一枚撮影した。
ガシャという撮影の音まで聞いて、天使は崩れるように下に倒れた。

 医者は、そこでようやく目覚めた。ようやく。
「だ、大丈夫?」
蒼白な整った顔に、美しい碧眼。大粒の涙がこぼれる。
「痛い---です。
 汝の身 すべて 神に ゆだねYa! ああ、また...
 汝の身 すべて 神に ゆだねYu! だ、だめだ...」
医者は、黙って倒れている天使を助けおこし、肩を抱いた。
「私も、祈ろう。その不整脈、治るよう祈ろう。
 汝の身 すべて 神に ゆだねYu! もうちょっと口を開けて、
 汝の身 すべて 神に ゆだねYo! そう!もう一度!
 汝の身 すべて 神に ゆだねYo! そうだ!」
「ああ、胸の痛みが取れた、とてもとても楽になった---」
二人は見つめ合って、微笑んだ。

「ドクター、お蔭で不整脈が治りました。ありがとう。
お礼に---」
微笑みの天使に招かれるまま、医者はその真珠色の大きな翼の
中に入った。あたたかな翼の中で、いろいろを思い出す。

■2004/05/02 (日) 天使のchest pain 3

 転んで貼ってもらった絆創膏、痛いの痛いの飛んでいけーが
効いたわという母の笑み、川で転んだ妹を病院までおぶったこと、
初めて女性の前で涙を流して額に受けたキス、そして、胸の痛みを
訴えて突然亡くなった大好きな祖母。

「もう、十分です。ありがとう。」

天使はふわっと翼を広げ、たたみ、微笑んだ。
「神様が、もしお望みならもうひとつ能力を授けましょうと
仰っています、」
医者は真顔になって答えた。
「---誤診しない能力かな、」
天使はにっこり笑んで天を仰ぎ、熱心に神に祈り、そして右の翼の
羽根を一枚抜いて医者に渡した。
「これで、能力は高まることでしょう。完全なものではありませんが、
あなたの役に立つことと思います。」
「ありがとう。」
天使は軽く片手を挙げ、ふわっと宙に消えた。 

 天使にもらった「誤診しない能力の上がる羽根」を持ち歩いて
以来、医者は勉強せずにはいられない性格になった。これまでは
ひまをつくっては夜の街へ繰り出していたが、そんなことより勉強、
と思うようになった。

 ちなみに、翌朝レントゲン室に残っていた羽根がうっすら胸郭の
そばに写る不思議な写真は病院中のうわさとなった。人間の場合真ん中
に洋ナシ型にある心臓は、その写真では美しいハート型で中に十字架の
繊細な彫り物がされて宙に浮いてみえる。肋骨や脊柱骨はあるが、
肩甲骨はない。ともかく、こんなのはありえない、不思議系の芸術家が
ジョークで置いて行ったというのが結論となった。医者は何も言わなかった。

 当の医者は、(ものすごくエキサイティングな胸痛患者だったが、
反省させられたな...)と素直に思った。患者を--大事に。痛みに、敏感に。
ああ、勉強をしなくては。

 *おしまいです*

 おやすみなさい^^



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