2020/8/10

為末大「自粛経て競技記録向上」  

今朝の高知新聞の「原論」。「コロナ禍の環境に学ぼう 自粛経て競技記録向上」。元陸上選手の為末大氏の執筆。
我が意を得たり。withコロナ、afterコロナを考えるうえで最上の示唆を与える。
「新自由主義の破綻」論は自分でも言いながら何か違和感、安直感がある。
自然災害の常態化と合わせて自然の逆襲の指摘もできるのだろうが、迂遠すぎる。
やはり、「無理のない資本主義」「ゆとりのある資本主義」「利益(進歩の成果)を分け合う資本主義」ではないか。
現状の資本主義が「利益第一主義」の指摘はその通りだが、「無理に無理を重ねた資本主義」「頑張りすぎの資本主義」といった方が、全体を表しているように思う。特定の資本家の性というより労働者も含め社会全体が頭の芯からそうなっている。それが、競争を当然のこととし敗者の存在を考慮すべきとしながら必然視する。「競争」が「無理」を強いる。敗者がいてもそれでも社会全体は「効率的」であると信じている。
この芯のところの考え方の見直しこそ肝ではないか。

コロナ感染による試合の見合わせの選手たちへの影響が心配された。ところが「意外なことに中高生を中心に続々と新記録が出ている。」という。
為末氏は推測される理由をいくつも挙げている。
その一つが、今までの「練習過多」。それが、「やりすぎて、もうやりたくない」という燃え尽き感(競技への嫌悪感)につながっていると。
コロナ禍がもたらしたインターバル。これが本来の在り方に近い形に戻している。

競争は必ずしも効率を生まない。
良い結果を生むのは、必ずしも過度の頑張りだけではない。

為末氏の今日の「原論」はそんなことを考えさせてくれる。

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