2021/11/27

「野党共闘」前進のために  

(前回の続き)
1955年以降の全野党共闘路線と社公民路線の対立。60年代中頃からの革新自治体の伸長(全野党共闘路線)。

しかし、70年代後半の革新自治体の退潮と80年の共産党排除の社公合意。

2000年初頭からの(保守)2大政党論。2009年の民主党政権誕生。2012年の自民党政権復帰。

2015年からの野党共闘の呼びかけと前進。

17年の逆流(保守2大政党論の巻き返し)と野党共闘路線の反撃。

20年の国民民主を糾合しての新立憲の結党。(野党共闘路線への流れ)

21年選挙をめぐる状況。(国民、連合トップによる共産排除発言にいる巻き返し)

2015年からの野党共闘路線は@共産党排除の社公合意路線の克服、A民主党政権の「失敗」の克服という2つの克服過程とも見ることができる。

戦後の流れから見れば、全野党共闘路線と共産党排除の社公民路線との対立という基本構図を未だに引きずっていると言える。

変化と言えば、1999年の自自公政権樹立という保守の側の今につながる「連立政権」誕生をきっかけとする本格的な「連立政権時代」の始まり。2015年からの「共産党排除」の克服過程の始まり。

どちらも画期をなすもの。

連立政権という意味では「自公」VS「保守補完連合」VS「野党共闘」の図。

真正「保守連合」にどう対抗するのかで全野党共闘路線と共産党排除路線との主導権争いが激化している。

「野党共闘路線」の今後の発展を考えると「反共」とは何か、「共産党排除とは何か」を正面に据えた共産党は勿論、共闘内の議論と宣伝が必要ではないか。

共産党には八代発言への対応でも「若者層には反共意識は薄くなった」「触らぬ神に祟りなし」的な姿勢が見られたのではないか。

今回の総選挙とその後の状況は、この問題はそんなものでは解決しない根深い問題であり、政権側には手放せない「永遠の切り札」であることが分かった。

グラフ@、グラフAの問題でいえば、どちらも正確ではない。グラフ@の2017年とグラフAの2021年のグラフの間に、2020年のグラフが要る。(グラフAの2017年はそれに近いもの)


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2021/11/25

「共闘勢力」前進と9条改憲の危険な新局面  

11月11日の「赤旗」3面。

日本共産党の志位和夫委員長が10日の国会議員団総会で明らかにした2017年総選挙と2021年総選挙との「与党勢力」、「補完勢力」、「共闘勢力」の力関係の推移を紹介している。

マスコミでは「自民勝利、維新躍進、共闘惨敗」との報道もあるが、冷静に見る必要がある。志位委員長が解明したグラフによると「共闘勢力」が4年間の共闘の積み重ねの結果、得票数でも議席数でも前進を勝ち取っていると伝えている。

※17年の「補完勢力」とは維新、希望。21年のそれは維新のみ。
 17年の「共闘勢力」は共産、立民、社民。21年のそれは共産、立民、れいわ、社民。
 国民民主は21年の共闘勢力には入っていない。共通政策で合意した4党のみ。


11月19日の「赤旗」1面。志位委員長が18日、国会内で記者会見を行い「憲法9条改定への危険な新局面」にあるとの情勢認識を示したと伝えている。

グラフ@に関しては、「マスコミ報道は表面だけしか見ていない。深いところを見ないといけない」というようなFB友達の意見も目にした。
「なるほど現象と本質との関係か」と関心もさせられた反面、妙に納得がいかなかった。

19日の「赤旗」報道と関係づけるとなおさらその感を強くした。


「9条改憲の新局面」については大方同意だが、グラフ@からは説明がつきにくい。「共闘勢力が前進した」との認識とはズレる。
(「9条改憲の新局面」に関して国民的合意が得やすいと思われる「教育無償化」と「合区解消」から入るのではないかという見方もあるが、8か月ではさすがに無理だろう。もう1つの見方は7月の参議院選挙へ向け「改憲」で野党の足並みを乱すのが狙いというもの。参院選で改憲勢力が3分の2以上を確保すれば、「新局面」は一挙に現実化する)

2020年に希望の党の流れをくむ国民民主党が立憲民主党と合流したこと、国民民主党が維新と連携して「改憲」に前向きなことを考え合わせるとグラフAの方が、本質をとらえているのではないか。
※17年の希望50を「共闘勢力」に加えた。21年の「補完勢力」に国民11を加えた。

野党共闘を前進させる点で国民民主党を除外することも与党側に押しやることもすべきではないという考えであることは論を待たない。

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2021/11/23

「権力の監視機関であるマスコミ」への監視強化を  

「2022年参議院選挙では質・量ともに減り続ける選挙報道を見直してください!」

このわが意を得たりの「ネット署名」が始まっている。

呼びかけは、「日本若者協議会 政治参加政策委員会」。

署名の送り先は、NHKはじめ各放送局、民間放送連盟、全日本テレビ番組製作社連盟。

署名の趣旨を読むだけで勉強になる。

・・・・・・・・・・・・・

TV局は「選挙祭り」はするが、すべてが「後の祭り」。

そうやって、投票率を引き上げる報道はせずにおいて選挙後、投票率の低さを「民主主義の危機」だと嘆いて見せる。

TVは「政治」ではなく「政局」が好きなのだ。あるいは「感動ドラマ」が。

視聴率が稼げるから?

「視聴者がそれを望んでいる」が理由になるならジャーナリズムをやめた方が良い。

大争点、各論の争点については付け足しで、激戦区のドラマ仕立ての報道、戦局予測に終始。

各党、各候補の公約は羅列的に紹介はするが、それを実績との関係で検証をしたり、争点化したりはしない。

酷いのが「選挙結果予想」。

序盤戦は「自民党過半数割れ」で自民党のしりをたたき、中後半では「自民党安定多数をうかがう」で野党支持を引きはがす。

選挙結果予測報道が投票行動に与える影響についてはいろいろな見方があり研究もされているが、報道の役割は調査数字の「単なる文字化」ではなく、態度未定の3,4割の層を含め最後まで争点を明らかにし、将来への選択を促すことではないか。

以上は「質」の問題だが、もう1つ「量」の問題がある。

選挙に関する報道量が経年的に減少しているのだ。

その反面、投開票日当日の報道競争はすごい。お祭りのフィナーレだ。

午後8時前はカウントダウン。一斉の各党の議席予測。

「ゼロ打ち」競争。

これがまた、有権者をシラケさせることなどお構いなし。

お笑いタレントによる「攻撃的煽り言質」。

「政治への敬意」などまるでなし。

参議院選挙まで8か月。

「権力の監視機関であるマスコミ」への監視を強化しなければならない。

是非、この署名の拡散をお願いします。

https://www.change.org/p/%E6%97%A5%E6%9C%AC%E6%94%BE%E9%80%81%E5%8D%94%E4%BC%9A-2022%E5%B9%B4%E5%8F%82%E8%AD%B0%E9%99%A2%E9%81%B8%E6%8C%99%E3%81%A7%E3%81%AF%E8%B3%AA-%E9%87%8F%E3%81%A8%E3%82%82%E3%81%AB%E6%B8%9B%E3%82%8A%E7%B6%9A%E3%81%91%E3%82%8B%E9%81%B8%E6%8C%99%E5%A0%B1%E9%81%93%E3%82%92%E8%A6%8B%E7%9B%B4%E3%81%97%E3%81%A6%E3%81%8F%E3%81%A0%E3%81%95%E3%81%84-03ab3084-ffaa-43c8-ba1d-3995d1d4cec1?signed=true

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2021/11/21

カティーサーク片手に『グリーンブック』を観る  

カティーサーク片手に『グリーンブック』を観る(いつもは「角」なのだが)

映画『グリーンブック』

時代は1962年のアメリカ。12月。

天才黒人ピアニスト、ドクター・シャーリーはクリスマスを前に南部への8週間の演奏旅行を計画する。

何故?ニューヨークで居れば、楽に3倍は稼げたのに。

そこで運転手を探すことに。

トニー・リップはニューヨークの一流ナイトクラブで用心棒(本人に言わせれば「安全管理」の仕事)を務めていたが、店の改装で失業中。

イタリア系で腕っぷしは強いが、ガサツで黒人差別主義者ときている。

トニーは家賃の支払いにも困る愛妻のために金を稼ぐために応募する。

ドクターはトニーの「問題解決能力」の高さを買って雇う。

トニーの友人は「クロを殴って1週間で帰ってくるさ」とからかう。

トニーの要求は、「運転はするが執事はごめんだ」。

ドクターの要求は、「予定時間前に会場に着くこと。ピアノがスタインウェイであることを確認すること。毎晩、ホテルにカティーサークを1本用意すること」。

お互いビジネスライクの8週間になるはずであった。

「グリーンブック(Green Book)」とは黒人のための旅のガイドブック。

黒人が利用できるガソリンスタンド、宿屋、レストランなどが記載されている。

黒人が安全に旅をするためには欠かせないバイブルだった。

何故、映画の題名が『グリーンブック』なのか、何故、ドクターはあえて南部の演奏旅行を計画したのか。

そこが、大きな主題。それを2人の心の触れ合い、信頼、友情が包み込み、最後には希望へとつながる。

何故、カティーサークが毎晩、1本なのか。

そこにドクターの心の闇の深さ、孤独が象徴されている。

演奏する舞台の上では“賞賛の対象”となり尊重されるが、いったん舞台を降りればただの“黒人”となる。

“主賓”でありながらホテルのレストランも使わせてもらえず、トイレは外の掘っ立て小屋ですることを強要される。

最高の技術。そして威厳と品格。それだけでは打ち破れない“壁”がある。

しかし、それに敢えて挑みかかる。そういう旅であった。

だが、そういう闘いの中で、また、南部での旅の中で自分は“黒人でもない”ことを思い知らされる。

さらに自分の性的指向が「普通の男でさえない」ことも晒してしまう。

そういう時に“黒人差別主義者”であったはずのトニーがいつも助けてくれた。

それは、単に金のためでもなく崇高な平等主義思想のためでもなかった。

ドクターのピアノにかける生きざまと信念への尊敬の念、そして家族への限りない愛情とトニーが生きてきた世界の何でもありの多様性からくみ取った人間観が根底となる。

最後には、くたくたになりクリスマスイブに自宅に帰ることをあきらめたトニーを後部座席に寝かせドクターが雪道を運転し送り届ける。

もはや雇い主と被雇用者の関係ではないことの象徴である。

いや、黒人、白人の壁で隔てられた人間でさえないことの。

ドクター自身もあのトニーによってピアノの楽しみを教えられ、人間的にも真に解放されたのだ。

トニーが8週間で変わったことを知った家族や親せきも暖かくドクターをイブの食卓に迎え入れた。

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2021/11/21

自公、維新、NHK裁判党のプロパガンダーに抗する  

加藤先生、投稿に感服。

まともな政治学者、ジャーナリストは「野党は政権批判することが(主な)仕事」と指摘している。

同時に日常生活では「批判ばかりするな。批判するなら対案を出せ」という言葉は氾濫していることも事実。

今までは「パワハラ」の隠れ蓑にされてきた。

ようやく「灰色」領域にはなってきたけれども、まだ根強く生き残っている。

逆に社会的に弱い立場の層にも、「批判」に対する拒否感が強い。

「自己責任論」の浸透(内面化)の中での「努力強要」(「しっかりしなさい」論)への反発があるのではないか。

政権への批判が、自分への批判に聞こえてしまう。

そこに自公は勿論、国民や維新の「野党は批判ばかり」言説がまかり通り、効果を上げる素地がある。

更にプロパガンダの上手さ。

自公も維新も自分たちのレッテル貼りが「ほぼ嘘」であることは自覚している(と思われる)。

しかし、プロパガンダに「嘘か真実か」は関係ない。

最初の一撃が肝心。国民の意識への「ある観念」の植え付け。上書き。

その後、当事者がいくら事実に基づいて反論しても打ち消すことはできない(ある一定の効果はあるとしても、最初の報道に比べ反論の報道は比べものにならないくらい少ない)。

「野党は反対ばかり」も事実に基づけば、嘘だと分かる。(別写真)
https://go2senkyo.com/articles/2021/10/20/63494.html

立憲民主党は政府提出法案に80%以上賛成している。維新と数パーセントの違いのみ。

共産党も50%超えて賛成している。

(国会で居眠りしていなければ、分かるはず)

彼らは分かってやっているのだ。

むしろそれを逆手にとって討論会では先回りして「立憲民主党は反対してばかりとこの後おっしゃるかもしれませんが、82.6%の法案に賛成しています。ただし、〇〇法案にはさすがに賛成できません。何故なら・・・」とできないものか。

破防法に関する質問主意書についても過去には逆提出や逆質問をしているが、先制攻撃をもっと仕掛けても良いのではないか。

「正論」プラスのしたたかさが欲しい。

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2021/11/21

立憲民主党の代表選考  

立憲民主党の代表選挙の報道がそれなりに行われている。

自民党の総裁選挙が各候補者のバトルの様相だったのとは異なり、各自の政策、ビジョンを真っ正直に訴えているという点で好印象だ。

まず、「核爆発による電磁パルスで敵基地攻撃」「防衛費2%」などの「物騒」な発言は出てこない。

考え方や価値観の多様性、ジェンダー平等、対話など正にリベラルの語源の「寛容さ」を感じさせる討論会となっている。

確かに全国区の自民党候補者と比べると見劣りがするかのような感じも受けるが、その分主張をしっかり行えば新鮮さにもつながる。

マスコミでは、代表選を通じて路線の違いが浮き彫りになり分裂につながるのではないかという観測(一部「願望」にも思える)もされているが、新しい「旗」の振り合いではなく、「綱領」の豊富化、実現するための手段の構築に議論を集中してほしい。

逢坂氏は、ジェンダー問題の討論で「綱領にはこう書いてあるんです」とその個所を読み上げながら「達成はそう簡単ではないけれど、具体化する必要がある」と発言していた。

正にこれだと思った。

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2021/11/20

筑紫哲也『NEWS23』とその時代  

金平茂紀 筑紫哲也『NEWS23』とその時代【著者に訊く!】

TVが元気だった時代を深刻ぶらず、等身大で素直にしゃべっているのが好印象。

経営権と編集権との対立。

何のためにジャーナリズムは存在しているのかを考えれば、おのずから答えは分かっている。


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2021/11/19

有権者は愚かか?  

今朝19日の「高知新聞」に私の投書が掲載されました。

しかし、さっそく投稿を読んだ知り合いから注意のメールが来ました。

「野党共闘評価せず」47%は正確には「自民党過半数よかった」47%だろうと。

「朝日」の世論調査を使ったのですが、確かに紙面はその通り。

しかし、自民過半数評価の理由は、「連立政権が評価されたから」は19%しかなく、「野党に期待できないから」が65%と多数。

「自民党過半数評価」は、「野党(共闘)」評価せず」の裏返しです。

という意味でそういう表現にしたのですが、正確ではありませんでした。

読者の声の横に社説が掲載されています。「立民代表選 目指す政権のあり方示せ」。

その中で「共同通信」の世論調査結果を紹介しています。

5野党の共闘関係を「見直した方が良い」6割越え。立憲支持層でも6割を超える。

また、「野党がもっと獲得した方がよかった」4割超(42・5%)。適切も4割に迫る(39・9%)と。(「与党がもっと獲得した方がよかった」は14・0%)

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社によって質問内容、形式が違うのでそのまま比較はできませんが、全体として言えることは今回の自公の絶対安定多数は、「積極的支持」ではない。

どちらかというと「野党に任せられない」という「消極的支持」。

本音は、野党がもっとしっかりしてもっと議席を取ってほしかったというところか。

野党共闘については、支持派も含めてあり方の検討を求めているのではないか。

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「朝日」の世論調査によると来年の参院選について、野党による候補者の一本化を進めるべきだと思うか、思わないかの質問への回答は。

進めるべきだ/そうは思わない

全体=27%/51%

立憲支持層=47%/37%

無党派層=21%/47%

*その他・答えないは省略。

産経・FNNの調査では立民支持層と共産支持層での温度差も指摘されている。

「方針は間違っていない」「この道しかない」という姿勢は「信念が揺るがない」という点では立派だが、また、あり方の見直しまで排除するものではないとも思うが、この信念の強さが柔軟な思考を阻害するものであってはならない。

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2021/11/18

立憲民主党代表選挙に思う  

立憲民主党の代表選挙がそれなりにマスコミでも取り上げられるようになり、その争点の1つが「共産党との共闘の是非」。

総選挙結果を受けての枝野代表の辞任表明による代表選挙なので致し方ないとも思えるが、「野党共闘」はあくまでも手段である。

目的である立憲民主党が目指す国家像をより豊かにする議論を昨年9月に確定された「綱領」に基づいて行ってほしいと外野にいて思う。
https://cdp-japan.jp/about/principles

何故なら立憲民主党の総選挙での敗北(野党共闘の失敗とイコールではない)の原因の一つが、「政権交代」が前面に出すぎ目指す国家像の提示が個別政策としてはあったとしてもトータルでなされなかったことにあるのではないかと思うからだ。

立憲民主党のブレインの一人である田中信一郎千葉商科大学准教授は、「論座」で総選挙の争点を次のように述べていた。(残念ながら会員でないと途中までしか読めません)
https://webronza.asahi.com/politics/articles/2021101200004.html?page=1

「今回の総選挙の争点は、国家方針を選択することと、安倍・菅政権を評価することの2つある。有権者の示す選択は、今後の国政に大きな影響を与える。」
(安倍・菅政権によって従来型の自民党の国家方針が大きく転換されたのだから両者は結局一体)

2つの国家方針の選択。

@ 《自民党を中心とする与党ブロックの国家方針》経済的価値を最大化するため、個人重視・支え合いを定める憲法を改正し、国家重視・自己責任を名実ともに追求する。

A 《立憲民主党を中心とする野党ブロックの国家方針》社会的価値(経済的価値+非経済的価値)を最大化するため、これまでの国家重視・自己責任の政策を改め、個人重視・支え合い(憲法の国家方針)を名実ともに追求する。

※《55年体制での自民党の国家方針》非経済的価値に配慮しながらも経済的価値を拡大するため、個人重視・支え合いを憲法(タテマエ)として残しつつ、国家重視・自己責任を政策(ホンネ)として追求する。
田中氏は、安倍・菅政権はこの従来の自民党の国家方針を完全に転換したという。しかも、利益の最大化のために国家を利用する。「国家を利用して『カネ儲け』することは、新自由主義の密教といえる核心部である」と指摘している。森友、加計等。

しかし、残念ながらコロナ禍で新自由主義の経済政策の「破綻」、「限界」が言われながら、このことが争点にならなかった(できなかった)。

だからこそ、代表選挙の中で深めてもらいたい。

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田中氏の立憲民主党の「綱領」の中身、立場を開設したインタヴューは非常に興味深い。
https://www.youtube.com/watch?v=G3jMle_VXRQ

この「綱領」で立憲民主党が従来の「改革政党」から「民主主義の擁護者」になったと述べている。(山口二郎氏は社会民主主義の政党になったと述べていた)

自民党の従来の「(縁故的)分配保守」「日本的福祉国家」路線が高度経済成長が終焉する中で経済、財政的に行き詰まり、小泉政権以降新自由主義的方向に本格的に舵を切る。

これに対して民主党、民進党は新自由主義の土俵での「改革」競争で対抗してきた。

それが、この「綱領」で「新自由主義との決別」という言葉は使っていないが、「(エ) 人を大切にした幸福を実感できる経済」の中でそれを示していると田中氏は指摘する。

かつ市場主義の否定ではなく、新自由主義経済が「貧困・格差・ジェンダー、地方」などの「外部経済」を排除しむき出しの市場機能の最大化を(国家も利用して)目指すのに対して、それらの外部経済を包摂した形の市場経済をめざすものだと解説している。

政府の単なる大小ではなく、社会的課題を適切に解決する効率的な機能する政府をめざすものだと。

また、田中氏はこの軸をしかり確定し、選挙の勝ち負けで新しい「旗」を立てるようなことをしてはいけないとも述べている(た)。

蛇足だが、私は山口二郎氏が運営していた「生活経済政策研究所」がヨーロッパの社会民主主義政党の理論をまとめた「政策集」も取り寄せて熱心に読んだ記憶がある。

その当時は第3の波と言われ福祉改革、社会民主主義の深化が盛んに言われていた時期だ。非常に共鳴して読んだ。
そういう点で立憲民主党の「綱領」路線には期待していた。

是非、立候補者には「綱領」路線を深める論議をしてもらいたい。

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2021/11/18

市民連合が再始動  

市民連合が、再始動へ向けて動き出した。

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単なる戦術を超えて、どう政治を変えようとしているのか、それぞれの野党の特性や持ち味は何なのか、野党共闘の伝え方にいっそう工夫を、とご意見をいただいています。

「野党共闘路線の維持と強化を求めます!」−市民連合への賛同署名と意見募集 市民連合

https://shiminrengo.com/archives/4638 @shiminrengoより

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2021/11/18

ワクチンパスポートに疑問  

政治ジャーナリストの鮫島浩氏のツイートとブログ。

まったく同意見。

https://samejimahiroshi.com/politics-vaccination-20211117/

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新型コロナウイルスのワクチン接種や検査証明で行動制限を緩和する「ワクチン・検査パッケージ」制度の要綱案を政府がまとめた。

ワクチンの2回目接種から14日以上経過したことが確認されれば、大人数の宴会やイベントなどへの参加が可能になるということらしい。ワクチン接種の有効期限は定めないそうだ。

ちょっと待って欲しいという内容である。

ワクチンは重症化予防にはかなり効果があるものの、感染防止効果は不十分という見方がほぼ定まってきている。ワクチンを接種しても、コロナに感染したり、他人に感染させたりする可能性は十分にあるということだ。それなのになぜ、ワクチンを接種した者だけが行動制限を緩和されるのだろうか。まったく非論理的・非科学的である。

行動制限を緩和しながら感染拡大防止をめざすとしたら、必要なのはワクチンではなくPCR検査の拡大だ。直前の検査で陰性となった者に限って行動制限を緩和するほうがよほど効果がある。

ワクチンパスポートなどに税金を投入するよりも、無料PCR検査を拡大して「陰性証明」を持った者に限って大人数の宴会やイベント、GOTOトラベルなどの参加・利用を認めるという「正攻法」をなぜ実施しないのか、まったく理解できない。貴重な税金はワクチンパスポートよりも無料のPCR検査拡大に使うべきだろう。

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2021/11/16

左利きは不利  

今朝(16日)この「高知新聞」の投書を読んでから妙に気にかかっている。『左利き』。

腕を組み、手を組み試してみた。どちらも左が上。

左が上だと本来左利きだと書いてある。だが、私は正真正銘の「右利き」だ。

右利きの知り合いに確認してみた。すると「腕を組むと右が上。指を組むと左が上」だと。

小さいころの記憶をたどる。

何かかすかにおぼろげによみがえる。いや、かける。

「世間に出てから左利きは不利だ」と左利きを右利きに矯正されたような記憶が「よみがえる」。

今まで忘れていた?

消し去っていた?

分からない。思い込むと記憶を作り出す癖がある。

母親に電話して確かめてみようかとも思ったが、既に高齢で長期入院中。

もう一つ似たような記憶がある。

「うどんが嫌いだと大人になったら付き合いで食べることがあるから困ることになる」と諭された。

こちらは確かだ。

長崎のうどんは、生めんではなく乾麺だ。

そうめんは好きだったが、似たようなものだが乾麺のうどんは嫌いだった。

それがどうだ。いまでは大のうどん好きになった。

そしてたくさん食べた。

だが、人付き合いは何故か苦手なままだ。

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2021/11/16

私の総選挙総括はつづく  

(私の総選挙総括はつづく)

@ まず、党首間の信頼関係があったのか。

2016年の参議院高知・徳島の合区選挙の高知の演説会に共産の小池さんと民進の枝野さんが応援に来たのだが、最後の候補者、政党代表が演壇の前に立ち手をつなぎ大きくアピールする場面で、枝野さんがなかなか席を立たず、小池さんが促した場面があった。この時は民進党の候補者が無所属で立候補だった。

 ところが、2019年の同じ参議院選挙で高知市中央公園の演説会。この時は共産党の候補者が無所属で立候補。応援弁士は志位さんと枝野さん。枝野さんが志位さんに敬意を払い配慮していたのが印象的だった。
 
 また、2019年12月20日、志位さんが国民民主党の玉木さんのユーチューブチャンネルに出演。2人でピアノの弾き語りをし、率直な意見交換をたりで息の合った信頼感を醸成していた。
 
 2020年2月9日には志位さんが当時国民民主党の小沢一郎さんの「政治塾」に講師として招かれ講演した。

 志位、小沢の信頼関係は以前からあり、2009年の民主党が政権を取った衆院選挙では共産党は小選挙区で152人しか候補者を立てていない。今回は105人だが、2005年選挙では275人立てているから、2009年には暗黙の「野党共闘」が成立していたと言えるのではないか(政治評論家などが指摘している)。

 今回はどうなのか?志位・枝野間では、志位・小沢間のような信頼関係、意思疎通が図られていなかったのではないかという意見がある。(素人には分からないが)。

A政権交代、連合政権についての立憲、共産間の合意がどこまであったのか。
正直私も「候補者の調整」+「本気の共闘」+「政権構想」があれば、勝てると思っていた(少なくとも大きな共闘効果が出ると)。

そこに立憲側と共産、市民団体の個々人との意識の差があったのではないか。

例えば、
立憲民主党の枝野幸男代表は「6月17日、東京都内の連合本部で開かれた中央執行委員会に出席し、次期衆院選で目指す同党の政権構想について「共産党とは理念が違っている部分があるので、連立政権は考えていない」と述べ、共産と連立政権を組む考えのないことを明言した。

枝野氏は、「自民党が下野すれば共産との関係を徹底的に追及してくる」と指摘。「(共産が)党の考えを内閣に持ち込まないと言っても、そんな言行不一致はないと、とことん野党自民党はやる。国会は全部機能が止まる」と語っていた。

一方、「連立政権を組まないことと連携しないことは全然意味が違う」と強調。共産と政策ごとに一定の範囲で連携していくことは可能との認識も重ねて示した。(6月18日TBSのラジオ番組)

枝野氏は最初から明確に共産党とは「連携はするが連立政権は組まない」と明言している(今にして思えば、明言していたことになる)。

一方、共産党は選挙前の「政権合意」を選挙協力、候補者調整の条件としていた。

そのころ市民連合の山口二郎氏も「政権合意は選挙後にすればよい」という考えだった。その根底には、氏は共産党の協力は閣外協力との基本的な考えではあったが、それでも共産党が政権にかかわることで自公は「反共攻撃」を仕掛け、「基本政策での食い違い」(野合批判)をしてくるとみていた。(「閣外協力」+「選挙後の政権合意」なら攻撃をかわせるとの考えだったのか?)

また、6月前後は、立憲関係者も「伯仲国会」「緊張感のある政治」が目標だった。「政権交代は参議院選挙の次の衆議院選挙だ」と。

ところが菅政権のガタガタぶり、コロナ感染の拡大で「これならいける」という雰囲気が出てきたのではないか。

そして各種週刊誌での「自民党大幅議席減」「過半数割れ」の報道。

次第に立憲側も「政権交代」に傾いていった(のではないか)。

そうなると政権の枠組みが問題になってくる。

枝野代表と志位委員長は9月30日、国会内で会談し、「閣外協力」で合意した。

そして、共産党が最終的な候補者発表をしたのは公示日前日の18日だった。共産党が小選挙区の候補者を105人まで絞り込み、213選挙区で国民民主党を含め一本化が成立した。

自民党の表紙を変えてしかも前倒しでの解散総選挙日程に急き立てられた形。

形は一応整った。しかし、十分に詰められていたとは言えない。

その後も枝野氏からは、6月段階の発言内容が繰り返される。

野党共闘支持派に、それでは9月30日の合意は何だったのかとの疑念がわくのも当然。また、新連合会長の発言も波紋と疑念を広げた。

B「政権交代」が野党側のスローガン(旗印)になるにしたがって、それが目的化して上滑りしていったのではないか。

「枝野ビジョン」にしめされたコロナ後の日本社会像(「過度な自己責任社会」から転換し、「支え合い、分かち合いによる安心を追求」する)が後景に押しやられたのではないか。
共産党にしても同じ。コロナ禍で示された新自由主義の「破綻」。そこからの転換が政権交代の目的ではなかったのか。

上滑り感が連合会長発言で余計に増幅され、有権者の冷めた目につながったのではないか。

政権交代による「改革」(変化の)イメージが形成できず、それが維新にさらわれた(共闘内のれいわ新選組にいい意味支持が集まった)。

コロナ感染の(一時的な)収束も野党共闘側の新自由主義と決別したコロナ後の社会像の新鮮味を削いだのではないか。

また、さらに言えば、日本社会には40代から50代の働き盛りを中心として新自由主義的な競争原理に対する肯定意識、改革志向があるのではないか。

来年夏の参議院選挙に向け、政党間(党首等)の信頼関係の醸成、意思疎通の円滑化(立憲民主党の党首が変わるのでなおさら)。そして、目指す政権の形態、めざす社会像の明確化、これらは必要。

野党共闘の「旗」だけでは勝てない。

そして、候補者選びは下から積み上げ、地域での運動と一体でネットワーク図作りを行う。

(こんなことではないか)
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2021/11/15

辻元清美氏の選挙総括  

選挙総括の視点。1つの見識。立憲民主党の辻元清美副代表。

衆院選で議席を失った立憲民主党の辻元清美副代表。争点なき選挙の戦い方や敗因、今後の政治活動について青木理さんと伺います|ゲスト:辻元清美、青木理(11/12)#ポリタスTV 2021/11/12
https://www.youtube.com/watch?v=NgURPYIqy8o

「立憲の代表どうするか、とか大事な時期に、議席を失った、っていうのは、バカバカバカ、って自分を責めてる。」と。

落選したのは人のせいではない。自分のせい。有権者の審判を受けた。

政治的な要因もあるだろう。選挙のやり方もあるだろう。

しかし、やはり自分の政治姿勢に問題があった。

野党第1党病にかかっていた。

野党第1党だからこうあらねばならない。

野党第1党だから政権の受け皿になるはず。

これが、有権者の感覚や思いとズレていたのではないか。

あくまで当落の選挙結果は「民意」の立場。

「自分の(訴え、方針の)正しさ」から選挙結果を解釈するのではなく、あくまで選挙結果(実践の結果)から自分(の訴え、考え、立ち位置)を検証する。

そうでなければ、野党共闘の豊富化もできないだろう。

辻元清美氏の1つの見識である。

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2021/11/15

ワクチン証明一本足打法の権利侵害  

ワクチンパスポート制度によるワクチン接種の事実上の強制及びワクチン非接種者に対する差別的取扱いに反対する会長声明 2021.10.13
https://www.saiben.or.jp/proclamation/001042.html

3回目のブースター接種の論議が盛んになっているが、この「声明」をもう一度確認しておきたい。

政府の分科会が「ワクチン・検査パッケージ」の提言をまとめたのが9月3日。それを受け9月6日の第1回デジタル社会推進会議において方針を決定した。

NHKのそのことに関する解説は、次のアドレス。
https://www.nhk.or.jp/shutoken/newsup/20210906a.html

分科会の尾身会長の説明を見ても「検査」は明らかに抜け落ち、「ワクチンパスポート」になっている。

それもそのはず、「検査証明」を出すためには、PCR検査体制を「何時でも・どこでも・だれでも・何回でも・無料で」受けられるように整備する必要があるが、「積極的疫学調査」と医系技監・保健所の体制に固執する考えからは、そんな方針は出てこない。

せいぜい、小出しの検査拡大策(無料接種をイベント的にやったり、無症状者への検査を特例的に検討したり)しか出てこない。

しかし、PCR検査の抜本的な拡大策なしの「ワクチン接種証明書の発行制度」(それと行動制限緩和、施設利用の可否をリンクさせる)では、個人の様々な基本的人権を侵害することになる。

「声明」は、

「市民は、社会生活のあらゆる場面で接種証明書の取得と提示が求められることになり、その結果、これまでワクチンの接種を望まなかった者も接種を強いられることになる。」

とした上で、

「このことは、ワクチン接種を余儀なくされる者の自己決定権(憲法第13条)を侵害するものであり」、「他方、それでも接種しないとした者の幸福追求権(憲法第13条)や移動の自由(憲法第13条,22条1項)を不当に制約するものである。」

と指摘。

さらに、

「ワクチン接種後においても新型コロナウイルスに感染する場合が報告されている状況のもと、接種証明の有無によって施設の利用等に差異が生じさせることは、ワクチンの接種者と非接種者とを正当な理由なくして差別するものであって、平等権を保障した憲法第14条にも違反する。」

と指摘している。

私も長期入院中の家族との面会のためにワクチン接種を「強制」されている身である。

「検査証明書」の制度があれば、確実にそちらを選ぶ。

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