「けいこ、エリーゼのためにを弾いておくれ」
母は自分の部屋からリビングに出てきて言いました。
もう夜の11時を過ぎています。
先日、ずっと地震や原発事故のニュースばかり見ている母に、
「たまにはテレビを消して、好きなCDでも聞いたらどう」
と言ったことがあります。
そのときは私の話を聞き入れませんでした。
今日になって気が滅入ってきたのでしょう。
私のピアノが聴きたというのです。
「もう遅いからピアノのCDでもかけようか」
と言っても、私の演奏が聴きたいと言い張ります。
しかたなく、消音にしてピアノを弾き始めました。
静かな夜です。
小さな音でもソファに寝そべっている母の耳にも届きました。
弾き終えると、これで眠れそうだよ、と母はポツリと言い、
自分の部屋に戻っていきました。