家を出て、すぐ、住宅街の中の一角に田んぼがある。
今年は麦を作らなかった。
とうとう、宅地になるのだろうか。
早朝ウォーキングに出かけて、初めて田植えをしている姿を目にした。
当分宅地になりそうもなくホッとする。
懐かしい風景に一度はそこを通り過ぎたが、カメラを取りに再び家へ。
だまって写真を撮るのは気が引けた。
声を掛けると、
「あんた、上毛新聞の人かい」と聞かれる。
そうでないと分かっても
「ああ、いいよ。どこからでも撮っておくれ」
次第に注文がでてきた。
「そこにきて、正面から撮ってくれ」
ぬかるみのあぜ道を行く。
「植えた苗も一緒に写ったかい」
「ええ、入りましたよ」
写真を撮り終えると世間話を始めた。
年は75歳。
終戦前、田んぼを軍事工場に取られたこと。
そこは今、スーパーになっている。
スーパーになる前は工場だった。
近くにある学校も、以前は工場であった。
最後のひとつの工場も、もうここには居られない。
今、取り壊されている。
どうして、住宅街に工場があるのかが分かった。
戦後、土地の代金が支払いがあったが、
子供が食べるお菓子くらいしか買えなかったという。
「俺はばかだよ。今どき、こんな手植えをしているなんて。金にはならないね」
それは謙遜だろう。
最後に誇らしげな笑顔をバッチリ撮った。
「後で、何枚かくれよな」
そんな約束をしてその場を去った。