「ゴールデンスランバー/中村義洋;2010年劇場公開作品」
映画
最初にひとこと。ビートルズのアルバム「アビー・ロード」に収録されているのはGolden Slumbersと複数形であり、本編のタイトルとは微妙に違う。テーマ曲そのものがビートルズの演奏ではなかったのは、おそらく楽曲使用料など「大人の事情」によるものだろうが、ひょっとしたらタイトルが単数形になったのも同様の理由なのだろうか。
物語はかなり単純。仙台に里帰りし、そこで凱旋パレードをしていた総理大臣が暗殺され、その犯人に仕立て上げられた宅配便運転手の青柳(堺雅人)が逃げ回る、というプロットに、彼の学生時代の友人たちが絡むというありがちな展開。「オズワルドにされる」という台詞からもわかるとおり、この話の基礎になっているのはケネディ暗殺事件、さらにいえばそれをネタにした映画「ダラスの熱い日」なのだが、残念ながらあの映画の持っていた唯一の弱点までも引き継いでしまっていた。それは、陰謀勢力のあり得ないほどの一枚岩ぶりである。
つまり、大統領の暗殺という巨大な陰謀の真相が、膨大な数の関係者がいたと考えられるにもかかわらず、現在に至るまでまったくリークされないという不自然さが似ているのだ。本編では警察組織すべてが絡む陰謀であることを匂わせているが、お隣の某国みたいな独裁国家でもない限り、派閥の存在しない巨大組織などというものがありえるはずもなく、こんな陰謀をめぐらせている時点で敵対する派閥に潰されるのがオチだろう。証拠の偽造などというレベルではない、元首の暗殺計画である。露見した段階で内乱罪を適用される恐れすらある。しかるに、本編に登場する警察組織は総監から一警官に至るまで、まったく疑問を覚えることなく青柳の逮捕、または抹殺に突き進む。
それとは逆に、青柳を直接知る人物は一人残らず彼の無実を信じ、逃亡に手を貸そうとする。冒頭、学生時代の親友森田(吉岡秀隆)に「人間の最大の武器は習慣と信頼」などというご都合主義な台詞を吐かせ、それを演繹するかのごとき展開が後に続く。現実的に考えれば、よくできた偽造証拠を突きつけられて、それでもお前を信頼する、と断言してくれる人間がそれほど多いとは思えないのだが。普通の人間のみならず、通り魔殺人鬼キルオ(濱田岳)までが命がけで彼を助けるのは、どうしても最後まで腑に落ちなかった。なにか、彼には彼なりの特別な理由づけが必要だったのではないだろうか。
以下ネタバレあり、まだ観てない人は読まないように
もう一人、非常に気になったのが、画面にはいっさい登場しなかった整形外科医。考えてみると彼はこの話のキーパーソンともいうべき存在である。なにしろ、整形手術で青柳のニセモノを作り出した、暗殺する側の協力者と言ってもいい人物なのだ。キルオに青柳のニセモノに関する情報を渡し、しかもそれがニセ情報でそのためにキルオは命を落としたわけだから、普通に考えれば敵側の人間だと見なされてもおかしくない。ところが、どういうわけか青柳は彼を信頼し、結局のところ彼のおかげで生き延びることになる。この整形外科医の行動原理もまた、キルオ同様最後までよく判らなかった。普通に考えれば、彼もまた知りすぎた男であり、暗殺犯サイドからの抹殺を避けるためには、保険としてそれなりの「切り札」を確保しておく必要があった、ということなのだろうが、それならそれで、せめてそれを匂わせるくらいの描写は必要だっただろう。
巨大な敵の内部に反逆する勢力がなく、完全な一枚岩であったなら、ちっぽけな個人が逆襲できる可能性は万に一つもない。というわけで、この映画は結局のところ、いかにして主人公が逃げおおせるかという一点が落としどころになる。ハリウッド映画なら、まず間違いなく敵を破滅させるまで主人公の活躍は終わらないのだが、この辺の違いが日本映画なのだろうか。しかしそのおかげで、観終わったあとのカタルシスもかなり薄い作品になってしまった。終盤の展開はほぼ原作どおりということなので、これは原作のもつテイストなのだろう。
現在進行形の物語と回想とが複雑に絡み合う、かなり凝った構成の映画であったが、どうしてもよく判らなかったのが黄色いカローラのくだり。青柳と晴子(竹内結子)は直接連絡を取り合っていないのに、なぜ青柳はカローラを逃亡に利用することを思いつき、晴子は申し合わせたようにバッテリーを手配したのか。また、電源はそれでいいとして、ガソリンはどうしたのか。もちろんカローラは電気自動車ではない^^;
また、クライマックスの花火も、仕掛けにかかる手間など考えるととても時間が足りないと思うし、そもそもあまり意味がない。あの程度のことでスナイパーが標的から視線を外し、右往左往するとは考えにくいのだ。CGモロわかりの不自然な映像は、これまでの比較的リアルな展開をぶち壊し、物語全体をファンタジーにシフトさせてしまうのに十分な破壊力を持っていた。・・・
★★★

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