「陰日向に咲く/平川雄一朗;2007年劇場公開作品」
映画
「劇団ひとり」という、奇妙に矛盾した芸名を持つパフォーマーを意識したのは、テレ朝系で深夜にやっていた帯番組「完売劇場」で観てからだと思う。同じ番組に出ていたダンディ坂野らがどんどん売れていく中、なかなか表舞台に出てこなかった劇団ひとりだが、その芸風は登場した頃のタモリを髣髴させるユニークなものだった。
そんな彼もやがて頭角を現し、同期の芸人たちが表舞台から消えていく中、今や押しも押されもせぬピン芸人として、お昼のお化け番組でタモリと共演するまでになっていることは、皆さんご存知の通りである。
本編「陰日向に咲く」は、劇団ひとりの処女小説(シリアスな内容の小説なのに、なぜ芸名名義にしたのかはちょっとした謎。本名「川島省吾」のほうがよほど小説家らしかったのに^^;)の映画化作品であるが、オムニバス短編集であった原作を、無理やり一本のシナリオにまとめてしまったため、あちこちに無理や矛盾の目立つ作品になってしまった。短編小説の中で「まるで虚構のような偶然」が一度限り起こるのは、そもそも「物語」の本質に関わることなのでやむをえないと思うのだが、その「偶然」の連鎖を一人の主人公に次々背負わせたりすれば、そこに作為のにおいを感じるな、という方が無理なのだ。
どうせ作為的にするなら開き直って、すべてのエピソードを主人公シンヤ(岡田准一)におっかぶせれば、少なくともシナリオライターの仕事ぶりには感動したかもしれないが、なぜか原作エピソード「拝啓、僕のアイドル様」のくだりだけは、シンヤとはまったく無関係に終始してしまう。おかげで映画そのものが、酷く中途半端な印象になってしまった。
せめて、原作をもっと尊重してオムニバス方式をとるか、いくつかのエピソードを同時進行で進めるように作れば、これほど無理のある話にはならなかったと思う。エピソードの同時進行というとややこしい作品になりそうな感じがするが、たとえばかつてアメリカでヒットしたコメディ・シリーズ「ラブ・ボート」など、複数のライターによる三本のシナリオを毎回そつのない演出で一本のストーリィにまとめていた。うまく作れば、すべてのエピソードを無理なく交通整理することも、不可能ではなかったような気がする。
いろんな意味で、残念な作品だったと言わざるを得ない。
★★★

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