「ワールド・トレード・センター/オリバー・ストーン;2006年アメリカ映画」
映画
事件から五年後、という製作年度は奇しくも9.11を題材にした「
ユナイテッド93」と同じである。やはり、五年後というところになにか意味があるのだろう。もちろん、興行としての意味ということであるが。
あえて「興行」という言葉を使ったのは、この映画の内容がそうとしか言えないものだからだ。
かねがね僕はオリバー・ストーンという男とは合わないと思っていたが、それはつまり、彼が自らの「正義」についてあまりに能天気というか、鈍感だからだ。自分の映画にある主張を盛るということは、自らの「正義」に絶対的な自信を持っているからに他ならず、その単純さがへそ曲がりな僕には気に食わない、というわけだ。もちろん、同じことはたとえばマイケル・ムーアなどにも言えるのだが、もともと彼はドキュメンタリー作家であり、そもそも自らの「正義」を信じなければ作品を作れない。ドキュメンタリーとは一種の武器であり、作り手もその機能を知った上で作っているわけだから、そこに彼の「正義」が盛り付けられていることは、いわば「お約束」であろう。
しかし、劇場にかける劇映画は、まず第一に「娯楽」作品でなければならない。「娯楽」の糖衣を突き破ってまで作り手の「正義」が露出する作品は、正直言って作品作りのスタンスが間違っていると言わざるを得ない。これまでそんな作品ばかり撮って来たオリバー・ストーンに、僕が違和感を感じるのも当然だろう。
で、本編だが、監督名を伏せられてオリバー・ストーン作品であると看破できる人間がどれだけいるだろうか。少なくとも僕は判らなかったと思う。そもそも、この作品に主張といえるような主張はない。掘っても掘っても娯楽という糖衣の奥なら何も出てこない、これはそんな映画だ。もちろん、通り一遍の「人間ドラマ」は描かれているものの、見事なまでにその域を出ていない。
もっと有体に言うと、9.11とは実在する人物が引き起こした「事件」だったのに、この映画ではほとんど自然災害のごとく、完璧に背景として描かれているのだ。事件はなぜ起きたか、本当に責任を負わなければならないのは誰か、などなど、いつものオリバー・ストーンなら真っ先に噛み付きそうなネタを完璧にスルーして、話はごくごくミニマムなスケールで展開する。話の規模の小ささは、ほとんどテレビドラマ並みである。セットやCG合成のスケールだけが、かろうじて劇場用映画であることを主張しているようだ。
唯一登場する、きわめて不自然なキャラがオリバー・ストーンらしさを体現していたのかもしれない。それは、教会での啓示を受けて現場に赴き、二人の生存者を発見する海兵隊員である。こんな人物が本当にいたのかどうかは知らないが、最後に「これから報復だ」とつぶやくあたりにかろうじてストーンらしさの片鱗が覗く。
9.11という事件を風化させるべきではない、という意見には賛成だし、事件を題材にした作品が上梓されることの意義を認めることも吝かではない。しかし、あまりに全体への視点の欠けた本編のような作品に果たして存在価値があるのか、という疑問は、鑑賞している間中僕の脳裏に付きまとっていた。
ところで、どうでもいい話だが、ニコラス・ケイジが演じた湾岸警察隊のチームリーダー・マクローリンのフルネームはジョン・マクローリン(John McLoughlin)で、有名なジャズ・ギタリストと同姓同名である。現在彼は日本では「ジョン・マクラフリン」と表記されているが、マイルス・デイビスとセッションしていた当時は「ジョン・マクローリン」と呼ばれていた。久しぶりにこの名を聞いて、オールドファンとしてはちょっと懐かしかった^^;・・・
★★★

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