2010/6/23  7:38

ひま  
朝から雨ですけん、休みでがんすとも
オレの住んでいる国分寺恋ヶ窪の地名について、Wikiってみた。

事は鎌倉時代、源氏と平家の戦国時代やね。

「畠山 重忠(はたけやま しげただ)」という武将がいた。
秩父氏の一族である彼が行き来していた埼玉嵐山〜武蔵国分寺の手前には、
水場のオアシスと称される宿場村があった。

四方を低い台地に囲まれた文字通りの窪地で、池に鯉を養い客に供したことから鯉ヶ窪が恋ヶ窪の村名の起こりとする説もあるが、役立たずの窪地に遊女屋があったからとする説がある。

その遊女屋の「夙妻大夫(あさづまだゆう)」と恋仲になる。

まんずめっさハクイんやろなー(ドコ弁?)

源義経に従って西国(朝廷方)へ平氏追討の任についたが、重忠戦死の報せに太夫は嘆き悲しんで街道脇の姿見の池に投身したという。


マロンチックなお話でした。

この姿見の池 近所なんで散歩してきま〜

俗説では肥溜めが訛って恋ヶ窪・・・って_でじま?汗。
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