10.富士山登頂1992.7.25〜26A  

10.富士山登頂1992.7.25〜26A

この年は大成建設鰹Z宅事業本部の幹部、地方から来られた幹部や住宅に携わっている販売会社の社長、建築工務店の社長、大手共通業者の社長等が参加し錚々たるメンバーでした。

この時はかなりの大集団でしたし、富士山頂山小屋へ一泊の2泊3日間の登山スケジュールだったし心配でしたが、お陰さまで何事も事故なく楽しい登山でした。
私は20数回も富士山頂を経験しているが、冨士山頂泊としては今のところこの時の一回だけの経験でした。


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前夜祭(1)
例のごとく前日は御殿場の飲み屋街に出向き一杯飲みながら前夜祭となったが、こんなメンバーはなかなか集まらないし、このような機会も滅多にない事、終始和気藹々と情報交換をしながらの交流会でした。


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前夜祭(2)
私と話しをしている方は、当時長野県一帯で事業をしている住宅販売会社の社長です。
住宅事業本部に在籍していた頃は松本へ行くと良くお世話になった方でしたが、今は亡き人となってしまった。
ご冥福を祈ります。


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ブル搭乗
この日はブルを2台に分けて搭乗したが、ブルの幌の上のほうがはるかに見晴らしがいい・・・・。
手前の荷物は所々の山小屋の食料や富士山頂気象庁測候所で勤務している方達の物資と食料です。


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富士山頂手前の急坂“馬の背”
あれっ! 
四国の親分もうダウンかな?


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富士山頂
この時は結構残雪が多かった。


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山梨県側山頂

お鉢めぐりをして富士山頂測候所の丁度反対側の頂上です。
真ん中にいるのは、20年前縁あって建設部門から住宅部門へ転勤となって間もない頃、大阪へ出張した時の住宅工務店(当時は住宅を年間70〜80棟は建てていた)の社長で、宴会の席で何か意気投合し今でもお付き合いをして頂いている方です。

青百も大好きな“義理と人情”の世界に強い河内の男です。
彼もこの機会に大阪から遥々来ては数回“富士山山頂”へ登る事になる。
彼の故郷四国の“霊山石槌山”にも誘われているので是非登頂したいものだ!


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山梨県側冨士山頂


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お鉢めぐりの途中で
今回の参加者は全員“お鉢めぐり”を無事廻る事が出来良かったです。


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山梨県側の山頂山小屋で

只前々から大阪の建築工務店の社長F氏とは二人で廻ろう・・・と約束していたので、この日は山頂泊のため、これからニ周りを実行した。
たぶん途中で暗くなるので懐中電灯持参で廻った。
日も暮れてもう人の気配もなく青百とF氏だけでした。


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遠くに富士山頂が見える


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二人で
カメラを三脚につけて撮影


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この下は滑るとお鉢のそこまで墜落してしまう!


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残雪の壁の近くで


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真夜中の富士山頂

富士山頂測候所のある地点まで到着しました。
あたりはもう真っ黒な世界です。 
本当に二人の世界でした。
やっと富士山頂山小屋・浅間神社のある地点までもう少しのところです。
前々から大阪の社長F氏と約束をしたので、お鉢めぐりをニ廻りもしてしまった。

皆さん! 
真夜中の“富士山頂お鉢めぐり”は非常に危険なので絶対やらないで下さい。


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富士山頂山小屋「富士館」の小屋裏で

無事二周り目のお鉢めぐりをして、皆のいる山小屋に合流した。
この日は登山客が多く泊まっていて寝る場所がないので、止む得ず特別席の小屋裏で全員寝る事になる。
翌日の冨士山頂からのご来光を楽しみに、夜も耽るまでお酒を飲みながら歓談した。
私は山頂山小屋で初めて寝る事になったが部屋は狭いし、布団はジメジメして寝られなかった事を憶えている。

青百記





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