中国遼寧省大連で生きるおっさん

〜 「若者」もすなる「ブログ」というものを「おっさん」もしてみんとてするなり  一人の名も無きおっさんが、浅学菲才ながらも、自分の言葉と写真で、毎回一生懸命書いている大連ブログでございます 〜

 

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大連は大雪で、この冬初の「本格的な積雪」で〜す(1) あと「旧 性風俗街」

今日も前回同様、雪ネタですが、今日の大連は「大雪」でした。

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夕べから降り続いていた雪で、今朝は素晴らしい「銀世界」となりました。この冬初めての本格的な積雪です。風が無いマイナス8度など大連人や長期滞在者には全く問題ありません。早朝に散歩に出掛けました。

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日の出と共に一時止みましたが、午前中にまた降り始め、お昼近くには豪雪で、何も見えなくなりました。成田から飛んできたJAL(日本航空)は大連空港に着陸出来ず、成田へと引き返しになってしまいました。中国系のエアラインの名古屋、富山、福岡便は欠航ですね。

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市中心部「労働公園緑山とテレビ塔」と「大気汚染煙突」です。写真を撮っていたら、今日は良い雪景色だね、と言われました。同感です。

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家の前で積もり具合を測ってみました。大体8〜9センチといったところです。

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大通りでは既に除雪作業が進んでいましたね。お疲れ様です。

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日本統治時代の「旧 東本願寺」(現 大連京劇院)です。改装工事中ですかね?荷物が散乱していますし、コンテナもドカンとあります。

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坂を下りて「旧 春日小学校」へ向かいます。この通りは両脇に「アカシア」が咲き乱れる路地でしたが、片側はバッサリと消えていて、地下鉄駅工事が始まっています。

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地下鉄5号線「労働公園」駅の建設中ですね。

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地下鉄5号線は老虎灘から大連駅、そして大連湾の海底を通って、ライトレール3号線「後塩」駅へと続きます。

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「旧 春日小学校」(現 第二十四高中)です。現在は大連ナンバーワンに位置付けられる超難関高校です。

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学生の志望校は皆、基本的に清華大学や北京大学などです。

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同校校庭と校舎、バックに労働公園観覧車、緑山、テレビ塔です。

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少し歩いて緑山の裏に来ました。テレビ塔、「中国大連雑技団 格莱美劇場」、そして「旧 春日池」(現 緑山池)です。

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誰も居ません。静かです。

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また少し歩いて「旧 逢坂町(おうさかまち)」(現 武昌街&一面街)に来ました。日本統治時代は大連「三大遊郭」の一つであった場所です。性風俗エリアですね。他の日本統治時代における大連最大の遊郭地は「小崗子(しょうこうし)」と「旅順支那町(しなまち)」です。

当時の「逢坂町」の写真は当時の絵ハガキで知ることが出来ます。「愛知大学 国際中国学研究センターにお世話になります。こちら(絵葉書2段目の左から3枚目)、とこちら(絵葉書9段目の右から1枚目)です。

今現在は性風俗エリアではありませんが、独特の建物街が一部に健在です。入り口(玄関)は全て裏にあり、通りに面した箇所はほぼ全て格子窓です。当時の面影が「少しだけ」残っています。

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蛇足ながら、かつての吉原遊郭です。写真はウィキからお借りしています。表通りは格子窓で、客は女性を見定めます。この「旧 逢坂町」(現 一面街)の小さい通りにはこんな感じが「少しだけ」残っているのです。

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今現在はすぐ隣が市場になっていて賑やかです。朝はこんな感じで特に人の往来が激しいです。かつての建物は現役で、当時とは全く関係が無い一般住民が住んでいるので、写真撮影は控えて「通りがてら見る」程度にしておきましょう。もう一度言います。「写真撮るな、覗くな、迷惑をかけるな」ということです。念を押しておきます。私は通りの「入り口」撮影だけに留めています。

更に、この遊郭に興味のあるスケベな方に「とっておきの情報」を「タダで」お教え致します。当時(1930年=昭和5年)出版の性風俗案内本(笑)である『全国遊郭案内』で当時の様子が学べるんですよ。復刻版はあるんですが、当時の物はヤフオク等でもまず出てきません。そこで「国立国会図書館デジタルコレクション」にお世話になりましょう。無料で誰でも見られますよ。こちらです。

当時の大連は日本でしたから、目次で外地(がいち)のページを見ます。左上のコマ番号だと「9」です。台湾、朝鮮、関東州(満州)のところですね。480ページから三連チャンで「大連遊郭」の解説とガイドが始まります。「大連小崗子(しょうこうし)」、「大連逢坂町(おうさかまち)」、「旅順支那町(しなまち)」ですね。左上のコマ番号だと「246、247、248」ですね。年末年始、お暇な方は完読をどうぞ。

いつの時代も男性というのはスケベですねえ(笑)。

次回に続きます。

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投稿者:dalian4649
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