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2008/1/1

デリカシー  映画
 ハッピー・ニュー・喪中!(←ハッピー言うな)

 喪中だからというわけでもないですが、昨年を振り返ることも今年の抱負を語るでもなくいきなり通常営業でお送りします。

 さて、元日に観る映画として選びましたのは、正月に相応しい、東宝の空想特撮超大作『ALLWAYS 続・三丁目の夕日』であります。
(特撮=昭和三十年代の風景/空想=義理人情)

 秋に上映が始まった映画を正月に観るのもどうかと思うが。

 『三丁目の夕日』と言うと、映画秘宝なんか読んでると、トンガッた映画ファンとしては決して褒めてはいけない映画らしいのですが、あいにく私はへんにゃりしている上に、別に映画ファンじゃないから素直にその辺の大衆と同じくベタな娯楽映画として褒めちぎるよ。感受性も弱いから泣いたりもしなかったけどな。

 ちょっと脱線した話をするが、仕事の合間やら遊びやらで人と話をしていて「へー、あなたは映画がお好きなんですね」と言われるとすごく心苦しい(苦笑)。
 違うんだよー、映画館に行ってるだけで見ているものは結局カイジュウとかロボットであって“映画”について語る能力なんてぼくにはないんだよー。ああ、このニュアンスをどう他人に伝えたらいいのか。一言「オタクです」と言えば済みそうな気もするが。

 そんな事をへんにゃり苦悩しながら、だらだらと以下に感想と雑感を。




 映画を観に行ってもカイジュウとかしか目に入ってない人としては、やはりオープニングのゴジラに触れなくてはなるまい。
あの一連のシーンは怪獣ファンとしては喜んでいいのか悲しむべきなのか。
 困るよね、義理人情映画の冒頭のお遊びシーンの特撮がこの20年ぐらいのどの怪獣映画よりクオリティ高いってさ(笑)。まあ、このレベルが二時間維持できるかって話はありましょうけど。
 さすがは白組。レスキューフォースにも期待が高まるぜ。
 てか、このスタッフで『鉄人28号』をやりなおしてくんない?(笑)

 そんなゴジラのシーンをはじめ、観ている観客の反応がすごくわかりやすいのが印象的。これは前作もそうでしたが、笑わせようとしているシーンで笑いが起こり、泣かせようとしているシーンですすり泣きが聞こえてくる。それも老若男女問わず。(流石に若者はあんまり泣かない様子だったが)
 私は寅さんの映画って一本たりとも観ちゃいないのですが、話には聞いていた当時の映画館の様子って、多分こうだったんだろうなと、何となく思った。
 まあ、この作品を「新時代の寅さん」にするには金と手間が掛かり過ぎますけれども。
 

 気になった点が二つ。

 仕方がないことだが、淳之介育ち過ぎ。
 あんな声変わり寸前のガラガラした声で「おじちゃんは立派な小説家です!」とか言われても「茶川さん、騙されてるよ!」としか思えない濁った心のわたくし(笑)。

 もう一つは、茶川さんの将来性についてなのだが。
 文学界のことはよく知らないのだが、芥川賞って、最終選考まで残っても、受賞しないことには評価されないものなのか?そんなマンガ雑誌の新人賞みたいな安い賞なのか?
 最終選考まで残った時点で、小説家としては将来が約束された…とまではいかなくても、とりあえず次の仕事をもらえる程度の箔はつくのではないかと思うのだが。
 「淳之介の面倒をみられるか」という川渕との賭けには既に勝っていたんじゃないかと。

 確か原作の漫画だと、茶川先生って、結構お年寄りなんですよね。
 児童誌で冒険小説書いてるとか、未だに賞を獲れないってのは若くないからこそ不遇に思える要素であって、映画での茶川先生の年齢だと、児童向けとはいえ連載を持っていて、純文学を書かせたら芥川賞も手が届きそうって、十分新進気鋭の若手作家なのではないかと思うんだが、その辺前作のころからちょっと引っかかってました。
 これなら副業で駄菓子屋とかやらなくても食っていけるんじゃないかと。


 さて、この映画について「綺麗事過ぎ」「昭和三十年代は本当はこんな良い時代じゃない」なんて批判がよく聞こえてきますけれども……それは別に良いんじゃないですかね?
 “綺麗事だけじゃない映画”や“良い時代じゃない昭和三十年代を描く映画”が出てこないことを嘆くのは良いんですが、その責任を『三丁目〜』が背負う必要はないんじゃないかと思うのですよ。

 と、今年最初の更新はこんな感じでおしまい。
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