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2019/8/12

流石に稲垣は呼べない  映画
 また鑑賞から一週間ほど間を開けちゃった。先週観たんですよ『劇場版 仮面ライダージオウ Over Quartzer』を。もちろんリュウソウジャーも観たわけですが。


 公開当初から主にジオウの方に偏って話題だった本作。

 まあ、ネタバレ禁止言いつつ世間の感想で観る前から「木梨が出てくる」「メタフィクション入った平成ライダー総括話」ってのは理解した(笑)。



 では下記に感想を。




・リュウソウジャー
 今回の戦隊映画は完全にライダーに食われてましたね。ぶっちゃけ劇場限定騎士竜たるリュウソウジンもあまり印象に残る活躍はしてくれない。

 ところで、だんだん佐野史郎が好きでこの手のジャンル出てるのか単に暇なのか気になってきたのですが。


・仮面ライダージオウ
 冒頭でゼロワンを紹介するあたりで「今回はこんな感じです」と手際よく提示するのは上手い。
 でもメタフィクションて冬映画でもやったよね。まあ言い出したらテレビシリーズ含めてジオウにはメタな描写がつきまとうわけですが。

 正直なところ、木梨猛の登場に「出してきた」という驚き以上のものがあるかというと、私にはなかったのですが、アレがあるとないとでいつもの歴代ライダー集合映画になってしまうので重要と言えば重要。

 本作のキモは平成ライダーというのが一貫性のない凸凹なシリーズだったことを公式自らカミングアウトし、それを全肯定するところなんですが、個人的には「何故平成ライダーだけが凸凹さを映画一本つかって肯定しなくてはならないほど気にするのか」の方が引っかかった。


 まあぶっちゃけ、昭和ライダーはもちろん、ウルトラシリーズもスーパー戦隊も、なんなら海外のトランスフォーマーやアメコミやディズニーすらも、瞬間瞬間は結構しっちゃかめっちゃかなんですよ。

 よく平成ライダーとMCUを比較して「あちらは10年かけて積み上げをしているのにライダーは……」っていうけど、あれは今までしっちゃかめっちゃかだったマーベルの何十年もの間の中の「映画シリーズを一つの統一世界にまとめた奴」なだけで、原作アメコミは相変わらず色んな都合で世界観や設定やキャラの生き死にがころころ変わるし、MCU自体も今後何十年後にはリブートされてバラバラな世界観になるのかもしれない。

 そういう刹那の中に生きているのがエンターテインメントの筈なんですが、平成ライダーはそのこと自体をネタにしなくてはならないってのは……まあ元々特撮ファン出身だったというプロデューサーあたりの「作り手の立場としてはなんでもするが、一オタクの立場としては看過できないことを繰り広げてしまった」という想いがあったのではないか、そう感じたわけです。


 では本日はそんな感じで。
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