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2007/2/21

真っ向から  空想特撮
 ここのところ、深夜にはファミ劇で「ウルトラファイト」を観てます。
 「ファイト」って、私には再編集編と新撮影編がランダムで流れるイメージがあるんですが、ファミ劇ではウルトラマン編→セブン編→新撮影編の順序でキッチリ並んでるんですね。元々、本放送時はこうだったのかしら。

 とりあえず「ウルトラセブン」の再編集でファイトを作るのは大変らしいと言う事は判った(笑)。
 全然怪獣や宇宙人が出てこない回や、出てきても瞬殺される回があるから使いモノにならんらしい。
 基本的にオリジナルの放映話数順に並んでるのだが、話が跳ぶ跳ぶ。

 で、新撮影編ですが、制作順に並んで放送されているコレを観ていると、最初の頃は再編集の穴を埋める為に真面目に撮影していたのに、使える着ぐるみのネタが尽きたのか、怪獣同士の戦いや1対複数の変則マッチになり、やがてコントになっていく過程が手に取る様に判りますね。

 現在では「シュールさが魅力」と再評価の声も高いファイト新撮編だが、本当はそんな過大評価をするもんじゃありません。やっつけ仕事です。テキトーに作ってたら結果的にシュールになっただけです絶対。
 だが、これを現在において再現する事が難しい。


 最近、「平成のウルトラファイト」と呼ばれる「ウルころ」の中古DVDをみつけて鑑賞したのですが。(リアルタイムでは未見でした)
 うーん、残念ながらと言うべきか、再編集編はナレーションのギャグが「狙ってやってる」のが丸判りだし、新規撮影編も着ぐるみのメンテナンスは完璧だ。泥だらけだったり形が崩れたりしないし、目も光るし首も黒くないぞ(笑)。
 スタッフを見ると脚本に(脚本があるという時点で「ファイト」よりレベルが高いわけだが)「ウルトラマンマックス」などでお馴染みの小林雄次氏の名があったり、ちゃんとウルトラシリーズに対する愛情を持って制作されている事がわかる。

 だが、それではダメなのだ。愛があっては「ファイト」の領域には辿りつけないのである。

 愛がなければ「ウルトラマンメビウス」の様な傑作は作れないが、愛があっては「ウルトラファイト」の様な怪…傑作は作れない。果たしてどちらが良いのか。えーと、断然前者だと思うけど本記事では後者と言う事にしておきます(笑)。


 ところで、新撮影ファイトに出て来る怪獣どもが、アトラク用撮影用問わず、なんだか中身がスカスカなのが気になります。
 中で演技している人の体型が極端に貧弱なのか、フリーサイズ化か何かの為に肉抜きしたのか。
 セブンが怪獣の上に乗るとね、中の人の背中に到達しそうな勢いで体が凹むの。

 この魅力はソフビでは再現出来ない(笑)。
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