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2013/1/14

誰もあなたを騙そうとなんてしていないから  まんが雑文
 このアニメが面白いのは、どう考えても原作が偉い!

 そういう信念のもと、アニメ第一話が好感触だった『琴浦さん』の原作第一巻を早速買ってくる。

 いや、別にアニメ面白かったら必ず原作読むわけでもないですけどね。
 今回は原作が4コマってのと、作者の別作品(『桜乃さん迷走中!』)を読んでたから手を出しやすかった。
 だが『桜乃さん』はそんなに好きでも無いことはナイショな(笑)。

 さて、事前にアニメ第一話の10分以上ある鬱回想シーンは、アニメオリジナルだと知っていたこともあって、「ま、『桜乃さん』も設定的には会社潰れて野宿とか深刻だったけど暗い内容じゃなかったわけで、これも原作自体はユルい話なんだろう」と思いつつ読みました。

 ……だが原作も結局重かった(笑)。
 原作通りに話が進むと今後も酷い展開や酷い言動が満載だぞ♪(←音符だすなよ。うれしいのかよ)


 えーと、真面目な感想。









 原作を読んでみると、アニメ化における原作改変の最重要ポイントは、世間で話題を呼んでる鬱回想ではないと判った。

 実は、原作の第一話は琴浦さんではなく、真鍋くんの視点で紡がれている。

 そう、マンガの『琴浦さん』の第一話は、「琴浦さんが真鍋くんに出会って救われる話」ではなく「真鍋くんが琴浦さんに出会って救おうとする話」なのだ。

 この違いは大きい。物語が真鍋くんの視点で描かれる以上、劇中で彼の心情が事細かく描かれる。

 このため、原作の真鍋くんはアニメに出てきた様な、えげつないほどピュアでエロスな聖人君子ではなくなってしまう。

 それは、原作との変更点の一つである、森谷さんの誘いを真鍋くんが断るシーンでも見てとれる。

 原作の森谷さんの実家は新興宗教で、その時点でアニメの道場と違ってるのだが、誘いを断ったあとの真鍋くんの心の声も、アニメの「武道の才能がほしかったと見えるな」などと言う能天気な物ではなく、森谷さんの恋心を抉りかねないもっとえげつない代物だ……「俺は誰にも騙されることはない」……まあ、相手が新興宗教ではこういう態度でもおかしくないのだが(笑)、真鍋くんも人並みに猜疑心や偏見を持っているという点では他のクラスメートと同じ、つまり「こっち側」の人間なのだ。

 当然、当初は琴浦さんの、自分の心を見透かすような言葉に気味の悪さを感じてはいる。

「厄介ごとには関わらない」とまで(心の中で)言い放つ真鍋くんが、しかし琴浦さんのことを構わずにいられない。「あっち側」に踏み込まずにいられない。そんな彼を突き動かす物はピュアな心や正義感ではない。単なる「自覚無き恋愛感情」だったのだ。

 アニメと原作で、ストーリーやキャラクターの言動自体は、実はそんなに違わないのだが、ただ視点が違うだけで、受ける印象が全く違う。


 どっちが良いとか悪いとかは言えないが、これはなかなか興味深いことだった。
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