魚たちの空  植物

魚たちの空

 
雨降りか、、、。

今朝は、まるでこれから夜になってゆくかのように暗い。

食事も、なんだか、何を食べてもおいしくない。

心がときめかない。

木々はもうすっかり落葉の準備に入ったようで、モクレンなどは早、葉の半分くらいが落ち、裸の枝を見せている。

木の間からのぞく空が真っ青だったらどんなにいいだろう。

少なくとも、来週月曜日までは、こんな天気が続くらしい。

重なり合う木々の間から、空を眺めていて、ふと思い出したことがある。

魚たちが見ている空のことである。

魚たちは水の中とはいえ、地表に一番近いところに棲んでいながら、ほかの動物にくらべ、空に一番近いところで生きている生物でもあると言えないだろうか。

ほかに、地面を這うアリやヘビや小動物がいるけれども、地表に近く、しかも空を眺めて暮らす時間が一番長いのは魚であるような気がする。

魚といっても、川の魚、それもイワナやヤマメや渓流に棲む魚のことである。

イワナやヤマメは、流れの上に落ちてくる虫や、水面近くを飛ぶ虫を食べて生きているから、水面の変化にはとても敏感だ。

水面の変化を見逃さないために、彼らはいつも水面を見上げている。

水面の明るさをその底で支えているのは、空である。

釣りは、まず、朝まずめ、夕まずめがねらい時だ。

何年か前のある夏の日、友人の釣りについて行った。

一日中あちこちの川を渡り歩き、その日の最後、仕上げとばかりに、友人は川原に下りていった。

あたりはもう顔の表情さえ読めないくらいに暗い。

高く生い茂った夏草におおわれた川原や水面はなお暗い。

「ルアーがいくら光ると言っても、こんなに暗いんじゃ、魚にはもう見えないんじゃないの?」橋の上から声をかけた。

すると、意外な答えが返ってきた。

「魚の上の空はまだ明るいから、そこを泳ぐ黒い影は返って目立つんだ」

それこそ、目からうろこであった。

仰向いて空を仰ぐと、たしかに空にはまだ残光の照り返しがあって、ほのかに明るい。

あたりが闇に閉ざされ、暗くなっても、魚たちはまだ明るい空を見上げているに違いなかった。

魚たちは、いつも空に描かれる絵を見て暮らしているのだ。

空の中で起きる出来事が、彼らのニュースなのだ。

橋の上の人影が首をかしげたり、仰向いたりしているのも、魚たちはくっきりと捉えているにちがいなかった。

美しく晴れ上がると、人は空を仰いで深呼吸をしたりするが、ほかの多くの時間、人は自分の目の高さの範囲で行動し、空のことなど忘れてしまう。

空を飛ぶ鳥でさえ、その多くの時間は、目的地である地表の一点、つまり地上を見すえたり、地表を動く獲物を探すために下を向いている方が長いような気がする。

しかし、こんなふうに一箇月も曇りや雨が続くと、返って空を仰ぐ回数が多くなる。

今朝のように、こんなに暗い空でも、魚たちの目になってみると、空は意外に明るいのだ。

魚眼にして見る灰白色の空の中には、電線が何本もシルエットになって走り、その上で同じくシルエットのスズメが三羽、しょざいなげに羽づくろいしている。





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