幸運  エッセー

幸運

五時起床。庭の草取りをした。ネコの額にもかかわらず、草取りにはなかなか追いつかない。

今の時期はまだいいが、梅雨に入ると草はぐんぐん伸びて、梅雨明けにはもう自然にまかせようとあきらめるしかなくなってしまう。

道路をはさんだ向かいの家は、年中、草一本見当たらないほどきれいにしているから、対照的である。

向かいの老夫婦とは、よく植物の話をする仲である。

年に二回くらいはこんな会話がさしはさまれる。

「草取りをしてあげようかと思うんだけど、留守の間によそ様の庭に入りこむのもなんだしねえ」

「そんなご心配はいりませんから、ぜひお願いします」

だが、まだ一度も、留守の間に庭の草がなくなっていたことはない。

それでも、草取りをするたび、つくづく我が幸運が思われる。

三年前の秋まで、草取りはできない相談だった。

十数年前、数百枚におよぶ原稿の清書を、朝から晩まで真面目に続けたのがたたって、首の頚椎を傷めてしまったのだ。

草取りは五分も続けられなかったし、本を読むのはベッドに横になってから、調理もなるべく下をむかないようにしてやっていた。

痛いのではなく、首のその部分が窒息しかかっているようになり、実際、呼吸ができなくなるような苦しさなのだ。

我が頭も支えられなくなったかと思えばため息も出たが、日常全般がそれで滞ってしまうわけでもないので、首とは折り合って生活していた。

三年前の秋、隣県の丸森町に釣りに行った帰り、きれいな林道をみつけた。

入り口は広く、まるで掃除でもしたように、こざっぱりとした秋のたたずまいで、誰かが入ってくるのを待っているような風情の林道だった。

地図の看板があって、見れば相馬市に抜けられる。

「入ってみよう」ということになった。運転は友人がやっていた。

この林道、入り口はきれいに整備されていたが、進むほどに怪しげな様相をていしてきた。

道幅はあるのだが、路面は雨水に深く削られ、やがて両側の伸び放題の枝がかぶさり、長い間使われていない道であることが分かってきた。

あげくは、車をおりて、道をふさいでいる倒木を起こさねばならなかった。

その頃はとうに車を回れ右させる場所もなく、やぶれかぶれで前進あるのみ。

「下りにはいっているから、峠は越した」などと、慰めあいながら、右に左に大きく揺られながら進んでいたその時、ひときわ大きな上下の揺れがきた。

長さ五メートルもあるトラックが、風船のようにはずんだ。

シートベルトで、縛りつけていたにもかかわらず、帽子が天井にふれたのが分かった。

その瞬間、首がすっぽ抜けた。

その瞬間、長年滞っていた何かが、スムーズに流れ始めたのが分かった。

「首がなおったのではあるまいか?」

半信半疑ではあったが、直後から、早、体が、快晴の気持ちのいい日よりの下にいるのが分かった。

林道をようやく抜け出て車を止め、枝のひっかき傷や折れたアンテナなどの点検をしている友人を見ながら、笑いが止まらなかった。

十年以上も苦しんだ首の不具合は、思いがけなくもあの一瞬で回復し、『こぶとりじいさん』の話など思いながら、今朝も草取りを楽しんでいる。

あの林道のあの場所にはお礼参りをせねばならないのだろうが、なぜか二度と行く気がしないのである。


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