漆器  文化

天候が安定するまで家の中の仕事をしようと、片づけねばならない古いものの確認。

この家のリフォームをするため、納戸や納屋にあった古い物を、とりあえず移動した。

引っ越し後、ちょっとの間、陶器類などはかたづけたものの、中断してそれっきりになっていた。

昨日は漆器類。

漆器類もかなり嵩張るので、仕分けせねば。

陶器類にくらべとても軽いので大助かり。

漆器は漆塗装の木製品であるから、ネズミにかじられたりしているかと思ったが、そういうのはなかった。

日の目をみるのは、おそらく50年以上ぶりかと思う。

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中央の小ぶりのお椀は、明治20年頃のもので、祖々父が自分の結婚式前にそろえたものである。

兵松(ひょうまつ)という名だったので、器の裏や蓋の内側に「兵」と入れてある。

昭和30年代ころまでは、冠婚葬祭は自宅で執り行われていたので、集落では食器や座布団などを貸し借りするのが普通であったため、そうした場合の目印だったと思われる。

器はすべて新聞にくるんであったから、新聞の日付を見てみた。

「昭和44年9月8日 月曜日 讀賣新聞」、「昭和47年(1972年)1月22日 土曜日 朝日新聞」など。

とても全部を確認する気にはならないが、1964年東京オリンピックのポスターをデザインした亀倉雄策氏の作品集が出版されたという記事に目が留まり、つい読んでしまったw。

この作品集は、1951年から1971年までの代表作238点が収められているとなっている。

これは日付部分なしの切れ端なので、記事内容から、1971年以後と考えられる。

これらの漆器を使った記憶は、祖母の葬式でのことである。

葬式がすんで、使った食器を近所の女性たちが、片づけに入っているにぎやかな光景である。

縁側いっぱいに大きな桶やザルなどが並び、割烹着姿の人が、洗い、洗い、拭き、拭き、の順に立ち、水気をふき取った器をザルや長板に並べていた。

別のところでお湯を沸かしていたのだろう。

時々、だれかがバケツでお湯を運んできた。

漆器はやさしく扱うこと。
手早く洗い、手早く水気を拭き取らねばならないと、その時、叔母が私に教えてくれた。

洗うにも、拭くにも、晒を使っていた。

天気のよい日で、縁側には陽射しがあったと記憶する。

祖母は1950年代の逝去であるから、新聞紙の日付から考えるに、その後も使われた可能性がある。

祖父の葬儀とか、姉の披露宴とかかな?

さて、今日は朝から晴天です。
西の山もすっきり見えています。
動き出さねば。

その前に、まずは位牌で、先祖代々の逝去の月日をメモしよう。







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