伏見東洲  

7月24日。
震災以前は23,24,25日が相馬野馬追い祭りだった。
24日は中日で、南相馬市の街中をお行列が進み、午後は雲雀ケ原で神旗争奪戦が行われる。

しかし、昨年から再開された野馬追いは7月の最後の土、日、月に変更になった。
今年は27日、28日、29日だそうだ。

野馬追いは軍事訓練をかねてはいるが、もとは神事である。
伝統を守るか、時代の変化に合わせて観光を優先するか、むずかしいところなのだろう。

野馬追いはもともとは旧暦5月の中の申の日に行われていて、これまでも何度か変更されてはいる。
今年だったら、6月23日がもともとの野馬追いの日であった。

さて、伏見東洲(ふしみとうしゅう)のこと。
伏見東洲は狩野派の流れをくむ旧相馬藩お抱えの絵師であった。

検索してみたら、ネット界では取り上げられたことがないらしい。
相馬市の博物館でも大分以前にたった一度の企画展があっただけである。
東洲の作品自体があまり残っていないのかもしれない。

生家に残る東洲の襖絵である。
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古梅、松に鶴などだいたい4枚一組の場面構成である。
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虎なんか見たことがなかったはずだが、竹に虎図。
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小さいころからこの虎が一番好きだったw。
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松に鶴も東洲は丹頂を実際に見たことがなかったらしく、尾が黒い羽根になっている。これも4枚構成である。

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他に山桜の額や違い棚の袋戸棚の山水画などが残っている。

建物自体がもう160年くらいたっているので、いよいよ取り壊すか、屋根などを直すかどうにかしないといけない状況に追い込まれている。

相馬市、南相馬市に一応相談したが、収蔵館の余裕も予算の余裕もないとのことで、止むなく手放すことに決心した。
東洲の襖絵なのでなるべく相馬地方に残したいとは考えているが、単に趣味だけではもったいないし。。。。。など、いろいろ考えてしまう。

これは壽仙画の丹塗りの地に黒漆絵と考えている。
『桜井の訣別』の場面だろう。
楠正成の赤い旗指し物と11歳の正行が印象的であるが、額縁デザインから大正か昭和初期のものではないかと考えている。
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古い家を維持するのは大変なのです。。。




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