追悼  震災

東日本を大きく何度も揺すり続けたあの大地震から二年目です。
こちらに住む者としてはこの日を何もなさそうに過ごすわけにはゆきません。
近所で親しくしている方の姉上さまも未だ行方不明です。
皆様の最期を想うと無念でたまらない気持になります。
心より追悼いたします。

南相馬市小高区は福島第一原発から20km圏内ということで一旦避難命令が出て、一年後(昨年)の四月に解除になりました。

しかし現在も目に見える復旧はありません。
道路まではみだしたくずれた家屋は取り除かれましたが、現況はいまだ住めず、多くの方々が仮設住宅におります。

なぜなんでしょう。

この写真は先日マガン撮影の時のもの。
昨年四月現在はまだ水没状態でしたが、排水は進み水田の形が分かります。
放射線量は 0.07〜0.09 マイクロシーベルトと、とても低かったです。

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それでも車両や農機具など津波で流された物の撤去さえ進んでいません。

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これは小高駅のすぐ南側。
何の作業の手もはいっていない状態で、車両ばかりでなく船も見えます。
つい先日、3月7日の状況です。

なぜなのでしょう。
放射線量はもちろん低く、作業はもちろん生活に支障があるとは思えません。
ガレキの運搬、処理にしても放射線量を測定すれば何の問題もないはずです。

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市の言い分はインフラ整備ができていないから、日中の出入りだけの許可ということです。
きっと国の方針を変更できないのでしょう。

警戒区域は解除になったのですから、インフラ整備が遅れていても、帰りたい人は帰っていいというふうにしたらいいと思うのですが。

私だったら帰って、行政の作業が始まるまで、自分で家の周りを片づけたり、屋内の掃除などをしたいな。水やトイレなんか自分で何とでもしますよ。

しかし、夜七時以降は町から出なさい、では往復のガソリン代だって大変で、自然と帰らなくなってしまうのは当然です。これは私の言い分ではなく、小高区民のある方の言い分です。





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