2012/1/24

開高健が泣いている。  定義・知識人の責任

なんともお。

「集英社開高健ノンフィクション賞」
http://www.shueisha.co.jp/shuppan4syo/kaikou/index.html

第10回目となる今年から、森達也氏が選考委員の一人になるんだ。

実に信じがたい。

その理由は、何度かここに書いている。

まして、その人が選考委員となるなんて。
・昨年、森氏に「A3」でノンフィクション賞を授与した講談社はもちろん、
・今年から、森氏をノンフィクション賞の選考委員にする集英社とか、

いったい日本の出版界って、どうなっているんだろうか。

開高健が泣いている。

そのお墓は、鎌倉の円覚寺松嶺院にある。

坂本と同じく、奥さんや子どもさん(長女)とともに。

亡くなったとの報に接したのは、坂本事件で大変だった頃。

調べてみれば、1989.12.9、坂本一家の1ヶ月後ぐらいなんだ。

今度墓前に報告して、

「なんとかしてください!」

とお願いしてみようと思う。
19

2011/10/12

有田さん−小沢さん  定義・知識人の責任

http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_4a48.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_c2f3.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_e2cf.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_ca6b.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_fe7c.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_cf79.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_1f39.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/10/post_dba4.html
http://saeaki.blog.ocn.ne.jp/arita/2011/08/post_c3d6.html

上記は有田芳生さんの小沢一郎衆議院議員に関するブログです。
下の方から1つずつエントリーされてますが、当面、一番上のですべてを見られます。

で、うーん、メールとかではなく、このブログに書いてしまいます。

そりゃ、小沢さんは稀有な政治家でしょうが
所詮、政治=社会的価値の権威的配分=において
表に出ることのできなかった、また出ようのない政治家です。
その能力・資質は、
つまりは表に出てないことでカリスマ化していきますが
表に出れば、直ちに禿げていったものでしょう。
ご自身は小沢さんの助言などなくとも当選し、活躍できたものです。
幻惑されておられるなぁ、と私は感じます。


傍目八目
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2011/9/29

「A3」とその授賞について−リンク  定義・知識人の責任

少し前に、青沼陽一郎さんの下記
「是々非々にて候」というサイトを、リンク集にいれました。
http://aonumazezehihi.blog.fc2.com/

森さんの「A3」、そして授賞の問題について、実によく書かれています。
なるほどなるほど、鳥なき里の蝙蝠か、なるほど。

森さんは、エンタープライズ云分の陳述があった17事件認否ついて、あえて載せず
選考者の5人は、そもそも知らなかったのかな、とも推察する。
3

2011/9/23

月とスッポン  定義・知識人の責任

月とスッポン
=『慈悲と天秤』と『A3』


 『A3』に関して、裁判がらみの事案でのノンフィクションとしてなにがあるのかなあ、となんて昔からの物を考えていたら、今年、岡崎正尚著『慈悲と天秤』ポプラ社について、書評を書いていたことを思い出した。

『慈悲と天秤』については、このブログの下記にも書きました。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/msgsearch?0str=%82%A0&skey=%8E%9C%94%DF%82%C6%93V%94%89&inside=1&x=52&y=9
アマゾン紹介は下記
http://www.amazon.co.jp/%E6%85%88%E6%82%B2%E3%81%A8%E5%A4%A9%E7%A7%A4-%E6%AD%BB%E5%88%91%E5%9B%9A%E3%83%BB%E5%B0%8F%E6%9E%97%E7%AB%9C%E5%8F%B8%E3%81%A8%E3%81%AE%E5%AF%BE%E8%A9%B1-%E5%B2%A1%E5%B4%8E%E6%AD%A3%E5%B0%9A/dp/4591123987/ref=sr_1_1?ie=UTF8&qid=1317118494&sr=8-1

ああ、自分は認識しないままに、この作品・作者との比較をしていた点もあったのだろうな、と感じた。もちろんこの作品にも弱い点があるし、作者という点ではデビュー作だけれど、
・真摯な態度、
・オリジナリティー、
・深い洞察、
・法的なことにつき曖昧さに逃げず、広く知ってもらおうとする態度
・信頼性ある記述、
・相当な傍聴によって得た知見を踏まえていること、
・そして「量刑判断」という、殆ど初めての視点に立ってのもの

です。

知らず知らずに比較していたかと。
月とスッポンだもの。
選考した5人さん、それから森達也さんも
『慈悲と天秤』を読んでみればいい。


立花さんは、『A3』について、著者のこれまでしてきた姿勢(よく検討していないのしか思えないが)を顕彰するために授賞させる、なんて言ってた。
だがなあ、後に記録として残るのはまずは作品なのだから、作品自体で見なければならないっしょ。立花さんが個人的に上げる賞ではないのすよ。

この「慈悲と天秤」の発行日は、2011.3.11だなあ。講談社ノンフィクション賞は4月末で区切るみたいだから対象のはずだが、候補に入らなかったのかな。『A3』と比較すれば、いかに『月とスッポン』だと分かるのだがなあ。
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2011/9/20

「『A3』の選出まで」「ノンフィクション賞選考方法の疑問」  定義・知識人の責任

「『A3』の選出まで」「ノンフィクション賞選考方法の疑問」

講談社の月刊誌−「g2」第8号(2011.9月号)
166ページ〜190ページ
173ページからが、選考委員の対話など。
−編集石井克尚氏の文章の要点は下記。

コメント−2時間とのことだから、この倍ぐらい会話があったのだろう、と思うが。

選考会は、2011.7.14ホテルニューオータニ「きくの間」
選考委員は辺見じゅん、重松清、野村進、立花隆、中沢新一各氏の5人
議論は2時間とのこと、司会は、藤田康雄編集長

司会−社内選考会の経過報告
2010.5.1-2011.4.30発行書籍のうちの285冊と応募原稿、事務局が103冊を選出
2月から5月にかけた4次にわたる社内選考会。選考委員は29名
この間選考対象書籍は137冊に増え、最終的に6冊

コメント−103冊が137冊に増えって、何なのかしら。
-----------------(以下、敬称略にて)
まず5人がABCの評価をする。
A−2点−受賞に値する
B−1点−議論の対象にしたい作品
C−0点−今回は選考外

『カニは横に歩く』が8点
『数字と踊るエリ』が7点
『A3』が6点
『レンタルチャイルド』が5点
『ふたつの嘘』が5点
『泥のカネ』が4点

A3は
重松清と中沢新一がA、立花隆と辺見じゅんがB、野村進がC

以下、記述の信用性についての話として気がついた点は下記。

『泥のカネ』について
立花−・怪しい記述も結構多いんです。 ・森功さんは強引な書き手・裁判が確定していない段階でこの本に賞を与えるとなると社会的な意味
野村−・調査能力と表現力は、評価に値する。 ・こういう人を顕彰しなければ、ノンフィクシヨン賞の意味はありないとさえ思います。

『レンタルチャイルド』について
立花−・ボンベイやカルカッタの下層社会でこれほど緻密な取材、大変なこと。 ・終盤に向かって凄い描写・皆さんのあまりの評価の低さを見て、僕はむしろエッ!と思っている。

コメント−立花氏は素直に感動したのだろうな、と。

中沢−・相当スラングが入ったヒンディー語なのに、かなりニュアンスの深い所まで会話できるか
辺見−・石井さんは通訳を雇ってます
中沢−・この本に描かれるほどの受け答えができるか・深く踏み込んだルポルタージュとして大変素晴らしい
野村−・「レンタルチャイルド」という言葉自体が著者の造語ではないか ・外国人の著者がここまで--非常に不自然 ・発言が事実かどうかを確かめるのも不可能に近いと聞く−著者はその真偽をどうやって確かめたか ・既成のイメージのスラムを作りあげているのでは ・他人の作品から着想を得た創作が、かなり入っているのではないかな。 ・今眼前で見聞きした事実と過去に見た後継とをどう一場面として描くのも、ノンフィクションでは明白なルール違反
辺見−・私もよく似た感想 ・ノンフィクションかどうかと言われると、少し疑問
重松−・描写のうまさに出来過ぎ感


コメント−わあ、この記載、「名誉毀損」ではないかと思うくらいです。
野村氏を初め、その経験や感じからしても、信頼できない記述が相当にあると判明するのですね、なんと。確かにそんな感じの本を時に見受けます。だが、これノンフィクションとして著者が世に出しているのならば、表立って言うのは、著者に対する「名誉毀損」ともなり得る、凄い。裏付けを記載しないままに「信頼できない」とg2という月刊誌にまで出すのは凄い話だ、と考えます。


『ふたつの嘘』
中沢−・人間的なものが浮かび上がってこない
辺見−・西山記者の奥さんに今まで語れなかったことをずいぶん詳しくしゃべっていきます。
立花−・第1部は資料に依拠しすぎています。自分が手に入れた資料と、物を描く筆者との距離感が取れていない

『A3』
野村−・連載原稿をほぼそののませるのはタイムラグがあり過ぎ ・『死刑』でもそうだったが、ご自身の思い込みを読者に押し付けるような森さんの描き方に、抵抗感がある ・ほかの著者を批判するときに、自分の都合のいいところだけを引用し、自己流に解釈を加えて批判するやり方も賛成できません。−司馬遼太郎の発言の引用−
辺見−・麻原に意外と分からなかった側面も多かったことを知りました。
重松−・『A3』は「麻原は詐病ではない」という確信に基づいて連載を続けていった。
立花−・このまま麻原死刑にすれば日本は法治国家と言えるのか−描き続けたことの価値
中沢−・映画「A」を取り始めた頃から、僕も一緒に取材してきました。 ・そんなふうにはいかないぞと言う点では、僕も森さんもまったく同じ考えです。

コメント−野村氏は、司馬遼太郎・立花氏懇談に関連する記述について、自己流だと判明していることが、今回は選考外とした、大きな契機なんですね。
これ立花氏において、何も言っていない。不思議です。眠そうな顔をここ数年いつもされているから聞きもらしたのかな、心配です。結果的に、自らとの対談での司馬氏の発言を、ああも勝手に利用されているのに、立花氏として構わないと考えた、ということになるのですから。凄いことです。司馬氏はもう亡くなってしまったから、抗議することもできないのに。
それにしても、麻原裁判に絡んでこそ、「事実かどうか」の確認は容易にできるのに、とんとしていないのは実に不思議です。

調べることが可能である事案であっても、自らのそれまでの経験・知識のみで評価しようというのは、考えてみれば凄い話です。もちろん、麻原裁判をしっかりと新聞報道程度であっても確認し続けてきたならば、「A3」の各所での間違いなど分かるはずのことなのだが、社会論・文化論・歴史論とかでの議論はしても、前提である事実関係については関心を持ってこられなかった選考委員ばかりなのかな。


『数字と踊るエリ』
−記述の信用性に関するコメントはなし−

『カニは横に歩く』
−記述の信用性に関するコメントはなし−

A3の点数について
立花−BからAに変えます
辺見−私もAに変えます
野村−CからBに上げます
→→→→『カニは横に歩く』と『A3』2つに授賞

立花
・どちらの作品も、講談社ノンフィクション賞が評価しなければ、なかなか社会的な評価を得られない
・『A3』の内容については僕には若干異論もあるのですが、彼の行動そのものは顕彰に値すると思います

コメント−立花さんが、若干異論ある所というのは、司馬さんの所だけなのかなあ。外のところは気づかなかったのかな。司馬さん発言の引用の調子からしても、他の所もよく調べるべし、とは思わなかったのかしら。
立花さんは著者の「行動そのもの」について「社会的な評価」を与えるために顕彰しようということで、この賞を授与しようと考えたのですね、なんと。

立花さんのオウム真理教や麻原彰晃に対する見方も、なんなんだあ、と思うことがあったが−あれだけの事件、あれだけの人を動かした教祖なのだから、すごいウラもあり、凄い人なのだろうと思いこんだのかな−裏付けを追って示します−、そのせいかな。

いずれにしても、ノンフィクションとして優秀かどうかと、そんな姿勢の評価とは別の話です。何よりも、作品について真偽を見極めようとしない、できないままに、姿勢の評価などできないはずですがね。


うーん、選考方法も課題だなあ。

「ノンフィクション」は、小説、詩といった「フィクション」「文字通りの創作」とは、異なる。事案のすべてではないが、それなりの側面の事実関係を示しそれを基とした作品な筈なのだから。ことは『A3』にとどまらず、ノンフィクションというもののを評価するための手法の問題でもある。

『A3』と反対に、何らの検証なきままに、記述内容自体から信頼性が低いとされてしまった「レンタルチャイルド」の著者は、怒りに思っていようし。

ノンフィクション賞の選考のためには、少なくとも、下記3つぐらいのことはすべきではないのかしら。これがあれば、『A3』について、授賞決定の前に対応できたし、『レンタルチャイルド』の著者も、釈明できただろうし。

1−最終候補作として、選考委員の議論の3か月程度前に公表し、
2−「この書籍の記述について、批判などを下さい。特に事実関係について」
と広く求めて、1か月ぐらい前までに写しを各選考委員に渡すべきではないかな。
3−疑問点があれば、著者に釈明を求めるぐらいはすべきではないかなあ


なお、平成23年の候補作は下記に表示あり。
−5月に6冊に絞ったという話であり、7月14日の選考日まで1−2ヶ月ですね。
最終候補の表示はいつ出たのかな。g2には出たのかな、いつかな。
http://g2.kodansha.co.jp/279/280/6974/6975.html
4

2011/9/13

訂正申し入れ  定義・知識人の責任

http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html
巻頭コラム139

現に進行する森達也氏の事実記載の間違い

以下は、9月13日ただ今、森達也氏にメールした内容です。厄介ですが、抗議書が2つあることを知らないではないか、とも心配し、事実関係を大切にするためには指摘するほかなかったです。ちなみに「抗議書」であり、外部に向けた意味の単語である「抗議声明」でもないのですが。ご参考までに。
*********

拝啓、貴殿におかれましては、ますますご清栄のことと存じます。
さて、諸々のことはありますが、本書では、森さんが掲載している下記につき、訂正願いたくメールします。
http://moriweb.web.fc2.com/mori_t/index.html
巻頭コラム139(2011.9.4付)

すなわち、上記では、冒頭に
「日本脱カルト協会が記者会見で「A3」への抗議声明を発表したと知った」とあり、次いで、
「抗議声明全文」として、下記私のブログが紹介されています。
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/

しかし、上記私のブログ9月3日付に掲載されているのは、そこに記載してある通り青沼、滝本及び藤田3人の講談社あての抗議文、別紙です。

日本脱カルト協会の講談社あての抗議文、別紙は下記の所にあります。なお、別紙は同一のものです。
http://www.jscpr.org/other/201109kogisho.pdf
http://www.jscpr.org/other/201109kogisho_sub.pdf

よって、森さんのブログ記載は正しくなく、誤解を招くものです。
 上記は、容易に分かることであり、またそのお立場からしても、間違えた記載をされかつそのままにされていることは驚く次第ですが、ともあれ、これ以上、読者に誤導あってはならないので、どうか事実を大切にされるべく、これを急ぎ訂正されるよう強く希望します。
                     敬 具
2011年9月13日−滝本太郎
住所・電話等記載

森 達 也  様
4

2011/9/8

率直なところ  定義・知識人の責任

率直なところ

森達也氏の「創」2011.9.10号を読みました。「極私的メディア論」という所です。そのシリーズは、立ち読みをしたことはありましたが、じっくりと初めて読みました。
うーん、A3は「渾身の作品」だったとのこと。

率直に書きます。私は、月刊プレイボーイでの連載は時にブログでは批判を書いてきたが、途中で失礼ですが、ばからしくなり、すべては読んでいなかった。「A3」は購入して読んではいました。

「これが渾身の作品だ」ということ、とても驚きました。
到底、そうは感じられなかったです。

粗雑かつ切り貼りに過ぎ、もちろん地裁確定判決にも様々な記録にも何ら挨拶せず、自分の感覚を、つまりは検証しないままに作られた作品でした。(折角、日本仏教のアジア・太平洋戦争における役割とか、いい指摘もあるのに、これでは台無しだな、と。)

だから、社会への反響もないだろう、と感じ、実際そのとおりでした。あえて無視されたのではないんです。


********
また、森さんのノンフィクションに対する姿勢は、下記に示されていると思いました。
http://dailycult.blogspot.com/2010/04/blog-post_19.html
http://www.nikkeibp.co.jp/article/column/20100415/221588/?P=1
−日経BPネットで、オウム真理教を撮ったドキュメンタリー映画『A』『A2』の森達也監督への長大なインタビュー記事が掲載されました。森監督が「オウム真理教」というテーマに対して、いかに情熱を持っていないかが存分に語られています。−と。

まあ「森信者」みたいな感じの人は、上記も、今回の「アマゾンで500位が上がった」発言とかも単なる露悪趣味を示しただけ、と説明するのかもしれない。ですが、露悪趣味はしばしば本音を示すものでもありましてね。

私は、森氏がこんな姿勢で取り組み始めているから、日々の新聞報道で知ることができた裁判証言の内容や判決文さえ検討も記述さえもしないでやっていけるんだ、ドキュメンタリーは嘘をつく、と居直ることができるんだろうなぁ、と感じました。
*****

・だから、相手にすればするほど喜ばれるだけだなあ、と。
・残念ですが、私には森さんと異なって見解や経験を示すメディアの場もありませんしね。
・「A3」は、問題にかかわる方の間で、まったく話題にもなっていなかったです。


(私として心配したのは、オウム集団の勧誘材料となることでした。が、逆に、個別の説得の際に、オウム集団の矛盾や色々な人の確定判決にある事件の酷さ、哀しさ、そして松本死刑囚の指示や背景などを伝えるための、信者に受け入れやすい最初のとっかかりとして、材料にもなるなぁ、とも思ったものでした。)

 それが今回、「講談社ノンフィクション賞授賞」という話を聞いて、心底、驚いたものです。改めてじっくり検討しましたが、信じがたい思いでした。16年を経過している今日、「受賞したノンフィクション」ともなれば、勧誘材料として極めて有効になりました。
 だから、授賞をする講談社に対して、抗議することとしたものです。

(判決文とかは著作権もないのだから、本になっていればいいのですが、まだないですね。)
(それから、候補作の発表とかあったのかしら。気がついていればその段階で対応したのだけれど、知らないままでした。)

そして
・中沢新一氏が選考委員の一人ということは、開いた口がふさがらない、と。
・松本死刑囚の水俣病による視力障害説も、この際、しっかり批判しておきたいと。
・もちろん、下記の別紙1〜3さえ、「思考の省略」というか知らないままの人も多く、この際、社会の記憶として残しておきたいし。
http://www.jscpr.org/other/201109kogisho_sub.pdf

それらが私の、積極的に2つの抗議書にかかわった動機です。

また、3人の抗議書の最後の下記の指摘は、この際、私としては、ご自身にこそ考えてみて欲しかったです。
********
森氏は「麻原彰晃という圧倒的な質量だ。」(88ページ、37ページ)と表現もする。オウム真理教教祖である松本死刑囚に幻惑されてしまったのであろうか。それを心配する。
********
2つの抗議書は、別紙1〜3ともども講談社あてではあります。が、折角の機会ですから、ご自身としても、どうぞしっかり読んでみて下さいませ。お願いします。
3



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