2018/11/2

ハロウィンの仮装  日常のこと

 ハローウィンで「麻原彰晃」のお面が出るか、と気にしていた。今年死刑が執行され、まさにあの世の人だから。

 だけど、「麻原彰晃」はもともと幻です、存在しないのです。死んだのは松本智津夫。だから、仮面としてでも、出てこなくてよかった。

 まあ若い人は、1989末から90年2月に使われた「真理党」の麻原彰晃のお面は知らないのだろう。

 または、オウム集団や周囲の反応が怖くて、しなかった人もいるのかな。

 
下記は、1989年秋頃から始まった1990.2衆議院議員選挙で使われた麻原彰晃のお面です。
本人の左がマハーアングリマーラこと故宮前一明、右がミラレパこと、故新実智光です。

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2018/10/24

LGBTQの課題  日常のこと

LGBTQの課題って、
差別っ!とか、逆に反論揶揄する前に

「訳がわからん、どうすべき、どう考えるの?」が、
まだハッキリ確定してないのが問題ではないのかしら。

トイレどうするの、どうしたいの ?
告白されたらなんでホントに守秘義務が生じるの ?
泊まりは同じ部屋でいいの ?
あの男は嫌い!と同様に、また自分が異性愛だから
「違和感を感じる」と言ってはいかんの ?とか。

何ごとも反動がこわく、
広く深く理解を広めないとならないものだと。
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2018/10/20

言いたいこと 3つ  日常のこと

1995.3あれは戦争だった、との認識がまだ拡がっていない。欧米諸国ならば化学兵器を使われた以上、最初から軍が出たでしょう。戦争を刑事捜査の手法で収束させたんだと。

死刑廃止が「総論賛成・各論反対」とできるなら楽な課題。廃止論者には、時に戦争犯罪や大規模テロは別とか、自分が被害者遺族なら自分で復讐すると言う人がいて「あのねえ」と

「欧米がぁ、世界の潮流はぁ」との言葉を、死刑、軍備、健康保険、高齢者医療、ヘイト、LGBTなど問題によって言ったり言わなかったり。他国を参考にはしても、この言葉を前面に出す理屈はアカン。


−−まあフェイスブックに書いた3つのことです−−
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2018/10/5

「正義」の危うさ  日常のこと

「自分の考えが正義だ、真理だ」と、確信している人がまだまだ多いのかも、と思ったりする。

何ごとも「自分の考えが正しいはずだ」「だがひょっとしたら自分の考えが不正義かも、間違っているかもしれない」「立場が逆だったらどうだったか」として、

別の観点、別の考えを知っていく、互いの意見を調整しあっていく、又は当面は今の多数意見が正しいと仮定していく

そうでなければ、「正義の名のもとの殺し合い」は続いていく。 またそんな感覚を持たない「確信者」こそが、一番危ないだろうと(これも多分)。もとより「自らも」です。
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2018/6/29

明朝のセリフ予測  日常のこと

とあるテレビ番組の明朝のセリフ予測

「すずめさんが羨ましいわ、律さんのこといっぱい知ってて、私ともいいお友達になってね」

「律は私のマグマ大使だった」

「私の夫です」

「あげない」

「あげないって、物じゃないでしょう」

「そんなものじゃないんだ、律は私の半分なんだ」

「なにをそんな青いことを言ってんのよ、あなたは律をほおって置いたの!」

「でも、でも」

「このお腹、触ってみる?」
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2018/6/19

縁さえあれば、人だって殺す  日常のこと

おおっ、素敵な論考ですね。

オウム真理教にいた人からの情報です。

「仏道は息を吹き返す」かどうかは知らないけれど。

自分は幸せなのか莫迦なのか
「なんで死んだ後のこと、宗教にいつまで拘ってるの?、せっかく今、奇跡的に生きているのに」と思ってたりなので。


下記の松本紹圭氏の「ひじりでいこう」を読んでの感想です。

http://higan.net/hijiri/2018/06/religion_is_dead/
「死にゆく宗教」と「お布施2.0」


以下は、抄本
・縁さえあれば殺人だって犯すのが人間というものであるという話

・たとえ幸いオウムとは縁がなくって、たまたま自分はオウムには入らずに***

・「やっぱり宗教はおかしいね」という話で終わりです。でも、宗教だろうとなんだろうと、それは人間がやったことであり、よく見れば人間社会の隅から隅までオウム的なものが浸透していない場所はありません。だから、オウム事件から私たちが学ばねばならないことは、「やっぱり人間はおかしいね」です。

・かつてニーチェは「神は死んだ」と言いました。それに倣えば、すでに「宗教は死んだ」のかもしれません。はっきりとした死亡確認にはまだ時間がかかるでしょうけど、後世から振り返ったとき、今という時代は少なくとも、人類の歴史始まって以来続いてきた宗教という枠組みの臨終期であったと評価される可能性は、十分にあるような気がします。
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2018/1/25

思い立てば実行・特許とすべきだったなあ。  日常のこと

 うーん、イカ墨スパゲッティーとか、カレーそばならずとも、私、汚してしまう傾向にあり。随分前から、いつも持っている大きめの布ハンカチの1カ所にボタン穴が開いているといいなあ、と思っていた。
 て、今年初めてハンカチすべてにボタン穴をあけた。
 冗談で、これ特許取れるかもね、なんて言ってて、今調べたところ、おおっーまさに同じ発想で10年前に登録されていたあ。うーん、うーん。
 これ、製品化はされているんのかしら。

https://www7.j-platpat.inpit.go.jp/…/…/TKKT_GM201_Top.action
にてハンカチandボタン穴で検索
(11)【公開番号】特開2008-101310(P2008-101310A)
(43)【公開日】平成20年5月1日(2008.5.1)
(54)【発明の名称】ハンカチの角にカッターシャツのボタン穴程度の大きさの穴を開けた機能的ハンカチ
(57)【要約】
【課題】従来は、ハンカチにボタン穴はなかった。食事の時に、食べ物の跳ね返りによる服の汚れを防ぐために膝の上にハンカチを置くも、胸の辺りへの食べ物の撥ね返りを防ぐことが出来ず不便であった。
【解決手段】この発明は、ボタン穴を開けたハンカチで上記課題を解決するものである。食事時に、ハンカチの角に開けたボタン穴にカターシャツなどの服についている胸のボタンを留めることにより、ハンカチを胸からぶら下げる。胸から下の服全体の部分に食べ物が跳ね返ることによる汚れを防ぐことができる機能的ハンカチである。
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