オウム事件―真相等を知るには  カルト・宗教・犯罪

このブログは一つ下の記事で随時更新しています。

「真相が明らかでない」なぞと大仰に言う以上、「厳格な証明」により認定されている多くの事柄は知ってるんですよねぇ、と言いたくなる。

1、2018年6月成立、8月解散の「真相究明の会」については、深笛義也氏が、下記に読みやすくまとめて下さっています。
https://biz-journal.jp/2018/08/post_24403.html
「2018.08.14ジャーナリズム麻原彰晃の死刑執行を批判する「真相究明の会」森達也氏に、被害対策弁護団・滝本太郎氏が反論」

2、麻原法廷の様子を、興味深い動画アニメで見られます。
「麻原法廷物語1―9話」2018.7-9、ユーチューブにアップ
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2387.html

3、判決例は、私が使っている有料サイトLEX・DB検索にてこんな数あります。
・オウム真理教にて、234件です。
・オウム真理教&刑事にて、88件です。
・オウム真理教&刑事&サリンで、61件です。
・オウム真理教&刑事&薬物で、33件です。
・なおオウム真理教&民事で、146件です。
―裁判所の判断文章のうち判例集に出ているだけでもこんなにあります。日本の司法において、歴史上、最も多くの関係者が長時間関与し、費用もかけたものです。刑事は「厳格な証明」、民事は「証拠の優越」により裁判所の判断が出されました。


4、うち、教祖へのそのまま確定した地裁判決は下記にアップしています。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/trial/4-6.html
・そのうち、認定された「教祖指示の抜き出し」などはこちらです。
http://aum-kazoku.boy.jp/?page_id=228 )
・また、教祖がまとめて話した1997.4.24の意見陳述要旨はこちらにあります。
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/10-7.html

5、買うならば、
・判例タイムズ1151号138頁〜251頁―松本死刑囚の2004.2.27東京地裁確定判決文
・判例タイムズ1232号
134頁〜190頁―確定経緯や訴訟能力に関する東京高裁2006.3.27控訴棄却、同2006.5.29異議審決定、最高裁の2006.9.15決定の3つ
誰でも購入できます。税込2,057円と税込1,965円です。
―うち東京高裁の決定文は、松本死刑囚の法廷での不規則発言など裁判経過とその段階までですが本人状態を詳細に記載してあり、実に興味深いです。

6、 「真相究明」を言うならば、まずはこれらを読み込んでいって下さい。少なくとも麻原刑事法廷の地裁判決、高裁各決定、最高裁決定とかは読んでほしいです。
 まともな「文化人」「知識人」であらんとするならば、ほとんど何も見ないで意見を言うなんてないはずと思いたいです。そんなことでは、他の事柄についての発言も、信頼性を失います。

7、また、森達也氏の著作「A3」授賞への2011.9.2抗議書は下記
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20110903/archive
その後の「創」言説を経ての2015年7月文書は下記にあります。
http://sky.ap.teacup.com/takitaro/2052.html
原稿形式では、xb_unv2015.v.docx

 森さんは、「反論」すると言いながらつまりは反論なきまま。まして「弟子の暴走ゆえに無罪」という一審弁護団に賛同とするとしつつ、教祖の指示があったこと書いてあるとし「動機を知りたい」という。頭が割れる。この二律背反の指摘につき、答えないまま。
 そのツイッター内での、悲しいほどの逃げ論法は下記に保存しました。
http://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20180905/archive
https://sky.ap.teacup.com/takitaro/2528.html
 森さんは、2018.8あたりから、対外的には「死刑論議」「訴訟能力」問題のみを言っているる、と。今も、アレフ勧誘において、「A3」は「弟子の暴走故に無罪」と書いてあるから、「真相は分からない」として厳然と使われているのにね。
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2020/2/18

聞きたかったこと、漏れ  カルト・宗教・犯罪

 植松被告には、もっと自由に聞きたかったな。下記のこと誰も聞いてないのかな、もし面会などして聞けた、又はこれから聞いてみるのことであれば、どこかで報告、又は直接教えて戴けると嬉しいです。何でも知りたい、類似の事件が起きないようにするために。
      記
1、事件直後、何人ぐらいを刺したという認識だったか、うち何人ぐらいは死に至らせられたと認識だったか。
2、事件前に、親しい人や親族で亡くなった人はいないか。
3、事件前に、人の死に際に遇ったことはなかったか。
4、今、先に死んだ親しい人、そうでない人を含めて、会いたいな、と思う人はいますか。どんな人?
5、人の葬儀などで、「遺体」というものと会ったことはなかったか。
6、小学生時代書いた「障害者はいらない」との作文の具体的な内容と量、いつのもコメントをくれなかった先生の名前(公に出すべきではないが)
3

2020/2/17

相模原重度障害者大量虐殺テロ事件―文章3つ  カルト・宗教・犯罪

こんにちは。
本日の「相模原障害者多数虐殺テロ事件」の裁判は、本日、論告求刑などありました。検察は、死刑を求刑しました。美帆さん母の最後の心情陳述があり、参加弁護士も意見を述べました。

1、美帆さん母の心情陳述―これはNHKの下記に写真入りでもう出てますね。
https://www3.nhk.or.jp/news/html/20200217/k10012288871000.html
2、検察の論告・求刑
3、疎外者参加弁護士の意見陳述(29人程のうち13人連名のもの、うち加えてのもの1つ、当職他2つ、一職員被害者参加弁護士のもの)です。

1と、3のうち当職のものをアップします。また当職と「美帆さん母」の連名の「論告・求刑の日にあたって」をアップします。やたら長くなりますが、メディアでは切り取ってしまうので、必要ではあろうと。。
―論告求刑や、他の被害者参加弁護士の意見も広く正確に知られた方がいいのになあ、とホント思います。メディアはさわりを伝える、全文はネットにて、が情報流通には最も正しいのだろうと思える。

ここはPDFは添付できないので、ワード添付します。下記をクリックすれば出ます。 
・連名の論告・求刑の日にあたって  amm20200217.docx 
・滝本意見陳述 qminmj.docx
・美帆さん母の心情陳述 sq202002017.docx

     ****************
     論告・求刑の日にあたって
 2020年2月17日
                 美    帆    の    母
                 美帆遺族参加弁護士滝本太郎
各   位

 法廷では、国や社会に向けたことなどは自由に言えないものなので、論告・求刑の今日、考えていることを、連名にて、述べさせてください。本日の法廷冒頭の母としての心情の陳述は、直ちにワープロ打ちしたものを配布し、同参加弁護士の意見陳述は、本書とともに配布します。
         記
1 初公判の1月8日に向け、美帆の名と4枚の写真とメッセージを公表することは勇気が必要でしたし、説明付き写真の公開は、美帆が自分の手から離れていってしまう感じもして不安でした。
 ですが、あと8枚の説明付き写真もあり、何より美帆は私たちの心の中にいます。

 美帆が生きていたことを広く知ってもらうことができました。どの被害者にも一人ひとりの人生と命があったんだ、と実感してもらえるきっかけにもなったようにも思います。また、裁判所が、報道と上申書を受けて、表記としてですが「美帆」として下さったことは嬉しかったです。

2 誤解されるといけないので付言すると、私どもは、他の被害者・遺族の多くが名前など公表 することに同意するもしないも自由、それぞれの考えであり、なんら批判する気持ちなどありません。ご留意ください。

3 事件は、「相模原重度障害者大量虐殺テロ事件」なのだと思います。政府に対して、重度知的障害者について、被告人の言う「安楽死」政策をとって欲しい、そのためにまず自分がやって社会と国に訴えたというのですから、テロ事件です。残虐に43人を殺傷したのですから、虐殺です。
 メディアにあっては、この事件がテロだと分る表記を、ご検討ください。

4 日本国政府は、事件当時「事件を徹底的に究明し、再発防止・安全確保に全力を尽くさなければなりません。」「様々な観点から、必要な対策を早急に検討し、出来るところから速やかに実行に移していくよう指示いたします。内閣一丸となって対応してまいります。」としました。

 政府は、措置入院後のフォローアップといった問題には取り組みましたが、この裁判でその問題だけではないことが、明確になりました。被告人は、そもそも平成28年2月の手紙で、日本国政府に、被告人の言う「安楽死」を求め、まずは自分が殺すことの「決断」を問うたのです。

 したがって、日本国政府は、今こそ重度知的障害者も決して殺されてはならない、被告人の言うような「安楽死」はあり得ないと明言し、生産性・コスト意識ばかりを言う被告人の考えをしっかりと否定した声明を出してほしいです。

 首相も現地に行って、国民に強くアピールしてほしいです。そして、裁判でさらに様々なことが明らかになったこの機会に国会に特別委員を設置して、それ以外の諸資料と各所からの意見聴取を経て、しっかりとした報告書を作って欲しいです。

 これらのことをしないと、類似する人が、国は黙認したと捉える可能性があります。テロ事件で犯人が訴えている内容に対しては、たとえ当たり前のことであっても、改めて、国の責任者がしっかり応答してください。

5 社会の多くの人が、これを機会に議論していってほしいです。
 被告人は、法廷で、障害者との「共生社会」を目指すという政策に関して、重度知的障害者については無理だと分かって、逆に被告人の言う「安楽死」政策をとる結果となればいい、などと未だ言っています。このままでは、障害者を迫害する考えが広く深く広がり、類似の大小の事件、嫌がらせなどの事件が起こるのでは、と心配です。

 たしかに「共生社会=これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会を」と言っても、重度知的障害者については、いったい何を言っているのか、と思われてしまうかもしれません。

 人の命・人権は、長く男も女も高齢者も子どももまして障害者、重度障害者などは長く尊重されてきませんでした。「命や人権の尊重」は、古今東西の常識ではなかったのです。それを、少しずつ保障するようになってきた歴史が、人間社会の発展なのだと思います。そして、障害者とその家族にはそれぞれ事情があり、もとより重度の場合の「自立」は困難を極めますから、「施設」を無くすることはできないでしょう。

 ですから、それも含めた「共生社会」の実現に目指すこと、その中で「人間とは何か」「まともな社会とは何か」を考えていくこと、それによって「障害者も幸せな社会が健常者も幸せな社会なのだ」ということが理解されていく、それが「共生社会」なのだと思います。

6 国や社会で議論する際、注意して欲しいのは、総論ばかり、建前ばかりの議論やそれらをまとめるだけでは、決して広く強い説得力は持てないことにご留意ください。

 被告人は、小学生・中学生時代から知的障害児との交流があったが、障害者はいらないと早期の内に考え、教育実習での施設での経験などの上、たまたまやまゆり園での仕事に就いた中で、被告人の言う「安楽死」を求める気持ちとなり、更に自ら殺害する気になり、本当に実行したのでした。その間、学校や施設などで十分には適切な指導がされなかったと思われ、残念でなりません。

 人は、極めて重い障害、わけても重度の知的障害者や重複障害者と出会ったとき、誰しも強い衝撃を受けると思います。「人が生きている意味」「人とは何か」を問うことになることは当たり前で、そのこと自体は良いことだと思われます。ただ、家族や自らがそのような障害をもつ可能性があるとの現実感がなく、また人間観を確立できていない場合には、180度、間違った方向になることもあるのだと考えます。現実の重さと、命についての本音での議論を踏まえていかなければ、説得力を持てません。

 ですから、関係者は、施設外を視察する、具体的に支援・介護をしている人から十分聴取する、自ら支援を経験してみるなどしつつ、内容と説得力のある議論を重ねてほしいと切望します。
  どうぞよろしくお願い申し上げます。       以 上
      ************
平成29年(わ)第112号
被告人  植  松   聖
        意 見 陳 述 書
                    令和元年2月17日
横浜地方裁判所第2刑事部  御中
        美帆さん遺族2名参加弁護士 滝 本 太 郎

          記
1 被告人は、極悪非道の罪を犯した。社会に大きく衝撃を与え、そして日本国に対する甚大なテロ行為を犯した。本件は「相模原重度障害者大量虐殺テロ事件」です。

 被告人は、美帆さん外計43人の重度障害者を包丁で刺し、うち19名の命を奪った。そのために職員らを拘束し傷つけた。被告人は、遺族・家族らは勿論、多くの職員らを、精神的に圧倒的な苦しみと痛みを与えた。美帆さんら刺された一人ひとりは、いったいどれほどの痛みと悔しさ不安を感じたか。

 被告人は、関係者や、類似する立場の人に対し、強い恐怖と不安を与えた。今も多くの人が、街中でこのように自分や自分の家族らを刺されるのではないか、迫害されるのではないかと怯えている。被告人は、文字通りの重度障害者に対する極悪非道の虐殺事件をおこし、日本全体を震撼させた。

 被告人の犯行は、まさに「テロリズム行為」である。被告人は、重複障害者で社会的活動が極めて困難な場合、本人が希望もしない「安楽死」、すなわち被告人の言う「安楽死」政策をとって欲しいと政府に求めた。そして、そのためにまず自分が、決して安楽死ではないけれども多数を殺傷して、社会と国に訴えたというのだから、テロリズムである。被告人は、質問で問われると「よいテロはあるのか」なぞと答えたが、テロリズムはそれを計画・実行する者としては全て「良いこと」せいぜい「仕方がないこと」であり、むしろテロであることを裏付ける。

 特定秘密の保護に関する法律第12条2項にはテロリズムの定義がある。「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要し、又は社会に不安若しくは恐怖を与える目的で人を殺傷し、又は重要な施設その他の物を破壊するための活動」です。被告人の行為は、ここに定義するテロリズムそのものです。この裁判ではこれを直視しなければなりません。

2 この裁判手続きと法廷は、被告人として、このテロリズム行為の延長として、被告人の考えを喧伝する場として利用された。裁判所はこれに対し、しっかりとした量刑と、しっかりとした判決理由をもって回答しなければならない。

 被告人は、事件の5か月余り前、日本国政府に対して被告人の犯行の「ご決断」を求めた。そして、逮捕後も新聞社や月刊誌などを通じて自分の考えを宣伝し、この法廷でも述べた。
およそ、人の命・人権は、長い間、男も女も高齢者も子どももまして障害者、重度障害者などは長く尊重されてこなかった、今も国によってはそのままです。すなわち「命や人権の尊重」は、古今東西の常識ではなかった。それを、少しずつ保障するようになってきた歴史が、人間社会の発展でした。

 今、障害者との「共生社会」すなわち「これまで必ずしも十分に社会参加できるような環境になかった障害者等が、積極的に参加・貢献していくことができる社会を」と言われますが、これも人間社会の進歩です。もとより、障害者とその家族にはそれぞれ事情があり、重度の場合の「自立」は困難を極めますから、「施設」を無くすることはできず、それも含めた共生する社会の実現を目指して「障害者も幸せな社会が健常者も幸せな社会なのだ」ということが理解されていく、それが「共生社会」として求められていると思われます。

 しかるに被告人は、この法廷で、「共生社会」を目指すというこの政策につき、重度知的障害者については無理だと分かって、逆に被告人の言う「安楽死」政策をとる結果となればいい、などと言った。

  判決では、被告人のした「相模原重度障害者大量虐殺テロ事件」と、被告人のこれら考え・主張に対し、しっかりとした量刑と判決理由を示さなければならないと確信します。

3 被告人が相模原重度障害者大量虐殺テロ事件を起こした動機は、被告人が今言っている「心失者」は不要だという考えを、喧伝して実現していきたいからだけでは、決してないと思われます。

 すなわち、動機ないし事件の要因としては、むしろ
 第1に、知的障害者に対しもともと相応の悪意・侮蔑感を持ってきたがそれがやまゆり園での
職に就いて増幅されたこと、
 第2に、生産性・コストばかりを重視する社会情勢の中で「役に立たない自分」と考えていたところ、これを「挽回」したかったこと、
 第3に、失礼ながら自己愛性人格障害の影響もあるでしょう、大人になってきて目立てなくなってきた中で、歪んだ自己実現を図ったものと思われます。


 被告人は、やまゆり園で仕事に就く前から一定程度の、知的障害者に対する悪意ないし侮蔑感を持っていた。被告人は知的障害者との交流もある義務教育の過程を経たが、その子ども集団の中でのトラブルにつき適切な指導が実現しないまま成長した。被告人は、当公判廷で、小学生の時「障害者はいらない」と作文に書いたが、いつもはコメントをくれる先生がそれも書かずに返してきた、問題行動をした障害者を殴ったなどと供述した。書証から分かる内容その他から見ても、被告人がこれらの点につき嘘を述べているとは思えない。被告人は大学の教育実習の中で施設での宿泊研修などもしたが、悪意ないし侮蔑感を増幅させただけであった。
 被告人が、やまゆり園に就職したのは、決して福祉を志したからでもなかった。

 そして、やまゆり園において早期に不良職員だと分かったが結局、有効な指導はなされなかった。被告人は、やまゆり園でその言うとおりに、実に驚いたでしょう。人は、極めて重い障害、わけても重度の知的障害者や重複障害者と出会ったとき、誰しも強い衝撃を受けると思います。

 被告人が漫画に描いたセリフ「命は尊いと唱えるだけでは思考が停止している」はまさにその通りであり、「人によって必要なおむつを下した時の、お尻など拭いてあげた時の、大人のあのウンチの臭い」に象徴されます。「人とは何か」「人は何のために生きるのか」を問うことになることは当たり前で、そのこと自体は良いことだと思われます。

 しかし、被告人は「格好よくいたい」「目立ちたい」「日々を楽しみたい」と生きてきただけで、それまで人間観を確立してきませんでした。ナチスヒトラーが障害者にしたこと、それも強く批判されていることも知りませんでした。

 まして、被告人は、家族が障害を受容する過程も知りませんでした。
 すなわち、家族は「ショックを受け」、次にそんなことはない、直る筈だと「否認」し、次になぜ我が子がこうなるんだ、誰のせいなんだなどと「怒り・絶望」し、どこかで、諦めの意味もありましょうそれも一つの人生なんだ、このままで可愛い我が子だ、苦労もあるが幸せをくれている、自分も成長したと「再起・適応」していく受容過程を経る、時には受容されないまま「奇跡の回復」などにすがると言われますが、被告人はこれを知りませんでした。

 被告人が通例の一職員となるためには、この家族の受容過程を参考にしつつ、重度障害者を受容できるようになることが必須でしたが、それができないままでした。当初「かわいい」と思ったとあるが、決して「受容」ではなく、人として見ずにいただけかと思われる。被告人の、重度の知的障害者らに対する悪意・侮蔑感は、増すばかりだった。

 そして、被告人は、犯行の5か月余り前の政府への手紙を作成するまでには、重度知的障害者を自ら殺すことを決意した。より明確かつ具体的にはその後の措置入院時だとも言えましょうが、そもそも政府に求めたのは、被告人の言う「安楽死」への政策変更ではなく、自ら多数の障害者を殺すことの許可なのですから、手紙を作成する前には、自らの実行を決断していたのです。

 本件は、被告人の悪意・侮蔑感が長年にわたり醸成され、やまゆり園にあって矯正されないままに増幅させて、犯されたものでした。

 第2に、生産性・コストばかりを重視する社会情勢により、被告人は「役に立たない自分」と考えていたところ、これを「挽回」したかった動機もあることも明白です。

 被告人は、近時の少なくない国の権力者が生産性・コストのみを重視し、時には法も無視・軽視して自己の考えや政策を貫き強さを示そうとする政治風潮、そしてこれに影響された弱肉強食を是とする社会風潮に踊らされ、「あまり役に立たなかった自分」と捉えてきた自分を「役に立つ自分」にしよう、それは受け入られるはずだとの思いのもと、極めて歪んだ自己実現として、本件犯行に及んだ。今、被告人のように「役に立たない自分」だと捉えてしまう若者が少なくないと思われる。それは、当時26歳と若い被告人にはなんら責任がなく、政治権力や社会各所の権力者・有力者はもちろん、多くの大人の責任です。

 問題はそれを「挽回する方法」として、本件犯罪をしたことです。それは、当公判廷の被害者参加人、参加弁護士らの質問と回答にて相当に判明したとおり、被告人があまりに粗雑な思考しかせず、検討しつくさないままであったからという外ありません。

 被告人が「心失者」なる概念を考え出したのは、逮捕後の精神鑑定を経る過程であり、事件前ではありません。植物人間状態の人はどう考えるべきか、重度の認知症状態の高齢者はどう考えるべきか、などのごくごく一部も事件前の政府宛の手紙などに記載がなく、考察された様子がありません。あるのは、重複障害者への悪意・侮蔑・排除の思考だけです。

 被告人は今、自分の考えが正しいと言い続けるために、法廷では、自らの言葉が通じない所では自らが身ぶり手ぶりで意思疎通をとるほかないことを認めつつ、重度障害者の相当割合がしている身振り手振り、写真で示すといった意思疎通とはまったく違う、という外ありませんでした。

 そして、被告人は、父母や自分もその直後に脳内出血したり、交通事故により重度の知的障害者になることもあることも、とんと考えていませんでした。否、今も現実感をもってとらえていないでしょう。

 被告人が、いろいろな問いに対する回答を考えたのは、事件後の3年半、多くの学者、メディア人らと会話などする中で考え始めたという外なく、まさに後知恵でした。そして、その後知恵も、つまるところ、重度知的障害者にとどまらず、「もっともっと多数の人間を殺せ」というのものとなり、「その世界には誰がいるのか」という帰結となってしまうものであり、まさに論理が破綻しました。

 被告人は、自分を「役に立たない」と捉えてしまい「挽回」しようとしたが、このあまりに粗雑な思考しかしなかったことは、改めて強く非難しなければなりません。

 第3に、被告人は、失礼ながら自己愛性人格障害の影響もあるでしょう、大人になってきて目立てなくなってきた中で、「目立ちたい」として、歪んだ自己実現として本件犯行に至ったと思われます。

 被告人は、着飾り、金髪に染めた自らの写真を事件直前に20枚も撮り、うち1枚をフェイスブックとツイッターあて、事件直後に送信を終了させました。日本語で「世界が平和になりますように。」英語でビューテフルジャパンと記載してある。これのみにて、被告人が、「目立ちたい」という動機も十分にあって、本件犯行をしたことは明白です。

 被告人は、これらの行為は、被告人の考えを広く受け入れてもらうためだとするが、実に酷いことに事件を利用して被告人の考えを広めたいというそれだけであれば、髪を染める、着飾る、写真を20枚も撮る必要はなく、事件の衝撃それだけで十分なものであり、説得力がありません。

被告人は、静岡県立大学短期大学部の佐々木隆志教授が、平成30年5月、2度目に学生を連れて来たとき、学生から直截に「なぜこんな事件を起こしたのか」と質問され、「目立ちたかったからですよ」と答えたと見られます。このことにつき、被告人は当公判廷で当該教授は嘘ばかり言っているなどとしたが、およそ大学教授がかかる記述をするにつき、偽りを書けば学者生命にかかわること勿論であって、被告人の供述こそが信用できないと考えられます。被告人は、あるいは冗談半分かもしれないが、「目立ちたかったからですよ」と一度は述べているのです。
(上記抹消線部分は、被告人が被告人質問で当該記事につき、このように言って否定したが、その被告人の言うことが信頼できないので書いたものです。しかし、弁護人からこの行に入る直前、証拠に基づかないものだとする異議が出て、陳述できず削除して陳述という扱いになりました。たしかに、証拠たる書証は被告側も同意しなければ出せず、立場が参加弁護士であってより困難なので、佐々木教授の文章自体を、参加弁護士として証拠に出すことはできなかった。)

 被告人は、もともと目立つことが好きであり、そのためにこそ、先に述べた粗雑な思考の結論と、醸成されてきた重度知的障害者への悪意・侮蔑感もあいまって、本件犯行を起こした、という外ありません。

 以上からして、被告人は、知的障害者に対しもともと低劣な悪意・侮蔑感を持っていたがやまゆり園での職に就いて増幅させたこと、生産性・コストばかりを重視する社会情勢の中で「役に立たない自分」と考えこれを挽回したかったこと、そして目立ちたいという歪んだ自己実現のために、被告人が作った思想に化体させるという自己合理化を図って、相模原重度障害者大量虐殺テロ事件を起こしたものです。

 これらは、本件の量刑判断と判決理由に十分に反映していただきたい。

5 被告人には、反省が見られないこと。
 被告人は、65分間にわたり43人を殺傷、職員を逮捕監禁致傷するという異様な行動をした。これが大麻精神病によるとは到底思えません。今も大麻精神病のままであるなぞは、被告人なりにしっかりと法廷では対応していること明白であり、文字通り破綻しています。

 被告人は、失礼ながら人格障害者ではありましょう。「本人に苦労・苦痛がないから」としてこれを否定した医師もいたが、「本人の著しい苦痛」のみならず、「社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている」場合も、人格障害の一要件を満たすところ、被告人のやまゆり園での勤務態度、政府への手紙を見るに機能障害を起こしていること明白であり、論ずるまでもない。そして、人格障害は性格の偏りであって、被告人の責任には影響しない。

 被告人は、洗脳やマインド・コントロールといった、他からの何らかの心理操作を受けたものでもないから、責任を認定するために必要な期待可能性も、一切減少していない。

 被告人のごとき、悪意と侮蔑感、被告人としての「挽回」、目立ちたいという動機・要因をもとに、自らの考えに化体して実行する確信犯として、かかる事件があることは、実は不可思議ではありません。

 人はとても素晴らしい存在であると同時に、精神異常の影響でなすものでなくとも、実におぞましいこともできる存在です。それを直視しなければなりません。

 自らが異質だと考えた人間を嫌悪・侮蔑し、何らかの理屈をつけて多数を殺害する犯罪は、関東大震災の後、この横浜の地を含めて少なくない民間人らが多数の朝鮮人などを殺した事件を見るまでもなく、時に起こってきたのです。

 その被告人は、今日までのところ、まったく反省していません。

 初公判でお詫びの言葉を言おうとも、被告人質問にあって、「刺した人にもお詫びする」のごとく言うが、「犠牲者か」との問いに対しては、言い淀むばかりでした。つまりは、考えを変えておらず、もちろん43人を殺傷したことを良いことと捉えていることは間違いない。そしてその考えを正しいとして喧伝しているのだから、まったく反省とはなっていません。

 美帆さんの母が言うとおり、遺族は1mmもお詫びをされたとは感じない。たとえば、自動車のスピードを出し過ぎての交通死亡事故被告事件であれば、反省は「スピードを出さなければよかった」であり、同時に「急いではいけなかった」「ルールも守らなければいけなかった」となるのであり、「必要があるときはスピードを出しても良い」と言い続ける被告人であれば、反省を認める余地はないのが当たり前です。

 かかる被告人の、口先でだす欺瞞的な「反省の言葉」は被害者らの怒りを増すばかりです。この言葉が、被告人が他の者と相談して定めたのであっても、被告人自身の責任です。被告人の反規範的人格態度と反省のなさを、ますます示すだけである。

 およそ、「反省」というのは、まず事実の重さを知り、次に底知れぬ悔悟をするという段階の上で、「してしまう」ものです。しかし、被告人は、第1段階であるはずの、自らがした事実の重さを知ろうとしていない。

 被告人は、当公判廷で、入居者が重い障害を持った経緯につき「区別していません」と言う。被告人は、利用者の誰がどういう経緯だったのか気にしてない。重度障害者には、生まれた時から障害があると分かる場合もあるが、成長過程で分かる場合もある、健常児だったが成長過程で脳炎やその他の病気・事故で重い障害を持つこともある。それらを被告人は、分かっていなかった。

 被告人は、逮捕された後の3年半、43人わけても殺されてしまった19人につき供述調書など調べる機会があったはずであり、また当公判廷で朗読されたが、しかし最初に殺した美帆さんについてさえ、その入所までの経緯を知らない。12枚の説明付き写真を見たとのことだが、その重さをしっかり感じた様子もない。まったく43人と遺族・家族をばかにした態度であり、人の「命」を粗末に考えているままである。

 被告人は、逮捕後3年半にわたり多くの人と面談するなどし、その中で「心失者」なる概念を作り、自らのした行為の自己合理化を図ろうとするばかりである。

 被告人は今、「心」と「感情」とは大きく異なる、重度知的障害者には「感情」はあっても「心」はないとか、高性能ロボットと人間には本質的な違いはないと思うなどと、更に粗雑な、そして自分が奇跡的に今ここにある人間であることの意味をも没却する論理に入る外なかった。

 その原因は、自分がしたことが取り返しのつかないものであればあるほど「間違っていた」としたくないから、ではあろうとは思う。

 しかし、被告人もまた100%、いつか必ずや死ぬ。
 被告人は死んだ後は「無」だという。
 であれば尚更に、自分がしたことをどう捉えるか、その考えが正しいのか、まずは事実をこの裁判記録を含めて色んな調書などで確認しつつ、自分が死ぬまで考えていって欲しい。

 被告人の責任は、たとえようもなく重い。

6 あなたは、その右手、その手で美帆さんを殺した。
 おかあさんは、二度と美帆さんに会えない。
 一職員が言った「伝えたいことがあるんだよ」、そして被告人が覚えていたその職員の「心があるんだよ」の言葉が、唯一の救いだと思える。
 被告人が、初公判で食いちぎろうとした右手の小指、その小指はそもそも美帆さんを初めて刺した瞬間に傷ついたことを忘れてほしくない。
 被告人には死刑を求める。
 被告人にある命もまた奇跡的にここにある以上、とても大切な「価値あるもの」である。
 そして、だからこそ、被告人には、その貴重な命を刑罰として失ってもらわなければならない。

            以 上
   ****************
私は美帆の母親です。 

美帆は12月の冬晴れの日に誕生しました。1つ上に兄がいて待ちに待った女の子でした。幼いころはとても音に敏感でした。大きな音初めての場所、人がたくさんの場所が苦手でした。人に挨拶されただけで泣き叫ぶ子でした。3歳半で自閉症と診断されたあとは、とにかく勉強しました。本を読んだり、講演会に通い、少しでも美帆のことを理解しようとしました。他の親御さん達と障害のある方や、その親の気持ちを伝えようと思い、学校や地域で語ったこともありました。睨まれたり、怒られたりするのが恐かったから理解してくれる人を増やそうと思いました。美帆が私の人生の全てでした。

多くの良い先生や、友達、支援してくれた職員さん、ガイドヘルパーさん、ボランティアさんに恵まれました。皆、やさしく接してくれたので、とても人が好きで人懐っこい子に育ちました。とても音楽が好きでいきものがかり、ドラマの主題歌や童謡、クラッシック、アニメ等ジャンルは問わず、いろいろな曲を聴いてノリノリで踊っていました。乗物に乗っていると御機嫌でよくドライブしたり、電車やバスに乗りました。小さい時はブランコが大好きでした。プール、ジェットコースター、プラネタリウム、水族館、パレード、らーめん博物館、公園等、本当に大好きでいろんな場所に家族やガイドヘルパーさん、ボランティアさんと出かけていました。
 
成長するにつれ美帆は落ち着いてきました。一方で、9歳から大きなてんかん発作があり、小学校5年生ぐらいから多い時は週1、少ない時も月1回ぐらい発作がありました。
家庭の事情で中学2年生の時から児童寮で生活していました。毎月会いに行くのが楽しみでした。仕事も娘のためと思うとがんばれました。多い時には4つの仕事をかけもちでしていました。

 娘に障害のこと、自閉症のこと、てんかんのこと、いろいろ教えてもらいました。私の娘であり先生でもあります。優しい気持ちで人と接することができるようになりました。待つことの大切さや、人に対しての思いやりが持てるようになりました。人の良い所(長所)を見つけることが上手になりました。人を褒めることが上手になりました。

 人懐っこくて言葉はありませんが、すーっと人の横(そば)に来て挨拶をして前から知り合いのように接していました。笑顔がとても素敵で、まわりを癒してくれました。ひまわりのような笑顔でした。美帆は毎日を一生懸命生きていました。

 「お母さんのことを思うといたたまれません」と言われて、むかつきました。考えも変えず、1mmも謝罪された気がしません。痛みのない方法で殺せば良かったということなんでしょうか。冗談じゃないです。
 美帆にはもう、どんな方法でも会えないんです。

 当日は7時30分頃「美帆が被害にあっている」との連絡をもらい9時〜10時の間頃やまゆり園に着きました。名簿の×を見た時から、もう何が何だかわからなくなり、頭も真っ白でした。何回も夢じゃないかと思い、ほっぺたをつねってみたのですが、夢か現実か、自分が誰なのか、どうしてここにいるのかもわからなくてなっていました。

 だいぶ時間が経ってから美帆に会えました。顔しか見せてもらえませんでした。ストレッチャーに乗せられていて「美帆ちゃん、美帆ちゃん」と何度呼んでも答えてくれなくて、自分で体温調節をするのが苦手で汗をあまりかかない子だったのでいつも暖かい子が、その時は、すごく冷たくて、冷たくて、そんなこと一度もなかったのにすごく冷たくて一生忘れることのできな
い冷たさでした。会ったのは数分だと思います。

 プリント等配っていましたが、何を手にしているのだろう、皆、何を言っているのだろうと不思議でした。私は頭痛がひどくて「診療所の先生が園に来ているから具合の悪い人は言って下さい」と園長先生に言われて診てもらったら「血圧がすごく高いので頭痛はなおらないけど点滴するので診療所に来られるようなら来て下さい」と言われ警察の車に乗せて頂き点滴を受けました。警察と園と遺族の話しで、名前を出すか出さないかでとても揉めていたのを覚えています。私は言葉がでなくて一言も発することができませんでした。

 葬儀は、地元の斎場で音楽葬でしました。マスコミが多く来ていたようですが、弁護士会から来て頂いている弁護士や警察が協力して入れないようにしてもらえました。美帆の好きな童謡やいきものがかりなどの音楽を流し、参列者には娘の顔も見てもらいました。美帆のアルバムや額に入った写真を見てもらいました。着物を着せて見送りました。のべ、200人位の人が見送ってくれました。

 事件後、家はめちゃくちゃになりました。社交的で老人会や自治会の活動に積極的に参加していた祖母が家に引きこもってしまい、一歩も外に出なくなりました。人と話をするのが好きだったのに誰とも話さなくなりました。料理や庭の手入れをするのが好きでしたが全くしなくなりました。笑顔が消え、表情がなくなりました。兄は具合が悪くなり休み、休み、仕事をしていましたが入院することになり仕事を辞めました。私は食事をしても味がわからなくなり、9sやせました。心療内科に通い薬を飲むようになりました。身体が痛くて寝る時に骨が当たって痛くて眠れませんでした。1人で外出するのが怖くなり、外に出られなくなりました。がんばって外に出ると心臓の動悸がすごく、ドキドキしてブルブル全身が震えてしまうことがよくありました。今でもこの発作で震えてしまうことがあります。私の人生はこれで終わりだと思いました。自分の命より大切な人を失ったのだから。美帆がいなくなったショックで私達家族は、それまで当たり前にしていたことが何一つできなくなりました。

私達家族、美帆を愛してくれた周りの人達は皆、あなたに殺されたのです。
未来を全て奪われたのです。美帆を返して下さい。
他人が勝手に奪っていい命など1つもないということを伝えます。
あなたはそんなこともわからないで生きてきたのですか。
御両親から教えてもらえなかったのですか。
周りの誰からも教えてもらえなかったのですか。
何て、かわいそうな人なんでしょう。
何て、不幸な環境にいたのでしょう。
本当にかわいそうな人。

 私は娘がいて、とても幸せでした。決して不幸ではなかったです。「不幸を作る」とか勝手に言わないでほしいです。私の娘はたまたま障害を持って生まれてきただけです。
何も悪くありません。
 あなたの言葉をかりれば、あなたが不幸を作る人で、生産性のない生きている価値のない人間です。

あなたこそが税金を無駄に使っています。あなたはいらない人間なのだから。
あなたがいなくなれば、あなたに使っている税金を本当に困っている人にまわせます。
あなたが今、なぜ生きているのかわかりません。
私の娘はいないのに、こんなひどいことをした人がなぜ生きているのかわかりません。
何であなたは一日三食ごはんを食べているのですか。
具合が悪くなれば治療も受けられる。
私の娘はもうこの世にいなくて何もできないのに。
あなたが憎くて、憎くて、たまらない。八ッ裂きにしてやりたい。
極刑でも軽いと思う。
どんな刑があなたに与えられても私は、あなたを絶対に許さない。許しません。
私の一番大事で大切な娘、美帆を返して下さい。
美帆はこの世にいなくて、好きなことは何もできません。私達家族とあうこともできません。失われた時間はもう二度と取りもどせません。

でも、あなたは、こうして生きています。ずるいです。おかしいです。
19人の命を奪ったのに。美帆は、一方的に未来を奪われて19年の短い生涯を終えました。だからあなたに未来はいらないです。
私は、あなたに極刑を望みます。
一生、外に出ることなく人生を終えて下さい。
 
  2020年2月17日
            美帆の母  ********


(原文はすべて手書き、母の氏名入り)
8

2020/2/11

自分担当の被告人質問部分 20200206  カルト・宗教・犯罪

 「相模原障害者多数殺傷テロ事件」の2020.2.6の被告人質問

―自分が質問したところは出していいだろうから、出します。質問は一応原稿があって進めたが一部変わり記憶で再現しました。回答は、自分自身はメモもできないので、まさに後の自分の記憶外を参考に再現したものです。一部に漏れも間違いもありましょうが、参考までにアップします。


  美帆さん遺族2名参加弁護士滝本太郎です。まず5人の被害者各人関係で5人が聞き、その後で全体的なことを7人で聞いていきます。

(以下は、最後の質問者として)
「心失者」にいて、さらに聞きます。
あなたは、やまゆり園で世話をしていた時の、人によって必要なおむつを下した時の、お尻など拭いてあげた時の、大人のあのウンチの臭いを覚えていますか。
―はい
あなたは、あなたが殺した19人、殺そうとして重い怪我を負わせた24人の、血の臭いを覚えていますか。
―覚えていない
当時、警察の実況見分でまた行きましたよね、覚えていない?
―行ったが、うーんはっきり覚えていない
あなたは、やまゆり園で時に入居者の笑顔を見たことを、覚えているんでしたね。
―はい
その3つを忘れずに、これから聞く質問にどうか答えてください。
―はい、お願いします

初めに幾つか漏れていた小さい、しかし重要なことを聞きます。小学生の時、「障害者はいらない」という作文を書きましたか。
―はい、低学年の時
その作文は先生のコメントがないまま返って来たのですか
―はい
いつもはコメントをつける先生?
―はい
あなたが小学生の時、知的障害ある人がいたが、友人やご両親に、障害者はいらないという考えを話したことはありますか
―親には言っていないが、友人にはあります。

清涼飲料水の配送の仕事をやめて、やまゆり園に移ったんだが、端的に月給はそれぞれどのくらいでしたか。
―配送の仕事は、23、7万円、やまゆり園は19万円から21、2万円
賞与、ボーナスは
―やまゆり園で、30万円を2回、配送の方はもらわないうちに辞めました

あなたは、1か月間つばさホームにいた後、のぞみホームで事件の2月まで2年間くらいいたんですね。
―はい
のぞみホームは、相対的には一番軽い入居者なんですか
―はい
のぞみホームの入居者は何人で、その内あなたの言う「心失者」は何人ですか。
―19人ぐらいで、3人以外は「心失者」だと思います。
のぞみホームにも行かなかったのは
―その前に、逃げられたしまった職員がいて。
それがなければ、続いてのぞみホームなどにも行ったんですか。
―はい
あなたは、なぜのぞみホームに配属されたのか分かっていますか
―知りません。

安楽死という言葉が出ているので、それについて聞きます。
あなたは、安楽死させようとして43人を刺し、19人につき成功した、と言うのではないんですよね。
―はい。
「尊厳死」という言葉があります。聞いたことはありますか。
―はい
「尊厳死」は、死に際の、痛みの酷い人について、本人の希望で延命治療をしないというというものですね。
―はい。
「安楽死」は、それをさらに進め、「助かる見込みのない人を、本人の希望に従って、苦痛の少ない方法で死に至らせること」なのではないですか。
―はい、そうです。
あなたのしたことは、安楽死でもなんでもないですね。
―はい

あなたは、事件の前、手紙も出す前に、ナチスが障害者を多数殺したことを聞きましたね。
―はい、1月末頃、のぞみホームのホーム長かな。
とすると、あなたは「先駆者」ではないと知っていたが、実行したのですね。

ナチスが障害者にしたこと、その後の影響や評価など、実行前によく調べましたか。

事件後これまで3年半、いろいろな人と交流があったが、ナチスが障害者にしたことは、かなり分かってきましたか。 
―はい
内容はどんなものですか。
―ユダヤ人を殺したけれど、障害者も殺した。ユダヤ人を殺したことは間違いだったと思います。
ユダヤ人は何人ぐらい殺したんですか。
―30万人ぐらいですか
そんな認識なんですか。障害者は何人ぐらい?

1939年、ヒトラーの命令で殺し始めた、重度障害者、統合失調症患者から始まり、労働能力の欠如など10数万人のドイツ人を殺したんではないですか。

その後、そのナチスの行いも、強く批判されていますが、それは考えなかったんですか。
―障害者を殺した方は批判されていないとも思います。
そう思っているんですか。さらに勉強してみますか
―はい

あなたは、重度の障害者らに金をかけるべきではない、不幸を作るばかりだ、だからあなたの言う「安楽死」をすべきだという考えを、社会や日本国政府に対して分かって欲しいので、この事件を起こしたのですか。
―はい
政策を変えてほしいから起こした事件なんですね
―はい
では、あなたのしたことは、国の政策を変えるための「テロ事件」だと聞いていいですね。
―うーん、「よいテロ」というのがあるのか。

あなたはこの1月30日、雨宮処凛さんに面会しましたね
―はい
雨宮さんから、あなたが措置入院されたことが、政府の回答と思ったと述べたことについて聞かれ、「政府に拒否されたと思ったの?」と聞かれると、「でも、外に出れたので、やるなら一人でやれ、ということなのかなと思いました。一人でやればいいんだと」と答えましたか。
―うーん、意味が
後ろを向かないで答えてください。つまり今の日本国政府が、黙認したと思ったのですか。


「心失者」は殺すべきだとの考えに至った経緯に関して、聞きます。
やまゆり園で、障害の原因の勉強会とか、優生思想の問題とか、障害者の人権の歴史とか、心構えとか、どんなことを学ぴましたか。
―いろいろありました。
人の命や人権は長いこと大切にされてこなかった、男も女も高齢者も子どもも、まして障害者の命は大切にされてこなかった。今も国によっては守られていない、とかは

だからこそ、日本では今の憲法で自由をしっかりと保障し、さらに憲法25条などで福祉が憲法上の権利として位置づけられ、「福祉国家」を目指した、そんな歴史や「福祉国家」という言葉とか聞いたことがなかったですか。
―「福祉国家」という言葉は知っています。

ご家族が障害を受容していく過程は、まずショックを受け→否認そんなことはないと否認し→怒り、絶望してケンカなどして→いつか再起・適応していくという過程で受容していくというもので、受容できないままの人いる、とか学びましたか
―分かりません

あなたは、やまゆり園にいた重度障害者は、診断名として、どんなことから重度の障害者になったか、事件当時は分かってましたか。言ってみてください。
―わかりません、皆同じです。
原因について、今は分かっていますか。言ってみてください。
―皆、同じです。原因については関心がない
原因は、知的障害、自閉症、出産前の脳性麻痺、出産後の脳性麻痺、脳炎の後遺障害、ダウン症、レット症候群や小頭症など色々ありましょうが、それらの知識や、だれがどうだったのかとか、今は分かってますか。
―皆同じで。区別していません。
なぜ勉強しないのですか、あなたは自分の考えが正しいと主張しながら、殺した人がどんな人だったか、振り返ろうとはしないんですか。


さらに聞きます。
あなたは、事件直後にFBやツイッターに、自分の顔写真をアップしましたね。
―はい
そこには、日本語で「世界が平和になりますように。」、英語でビューテフルジャパンと書きましたよね、その趣旨を話してください。
―平和が世界、日本が良くなると
この事件やあなたの考えを良いことと認めてもらい、それがビューテフルな日本なのだと、それが、あなたが許可を求めた安倍首相をはじめ、多くの人に伝えたいという趣旨なんですか。
―はい
その回答は、しっかりと貰いましたか。
―黒岩県知事や安倍首相の話があった。
政府からはしっかり回答をもらいましたか


さて、「心失者」は、金がかかることが、死ぬべきという理由の大きな一つですね。
―はい
先ほどの話では、植物人間状態の人は勿論、重度の認知症患者などもね
―はい
あのー、無銭飲食や小さな窃盗事件で、何度も何度も刑務所と社会を行き来している人は、まあ「心失者」には入らないにしても、金がかかるから消えてほしい人、という感覚を、あなたは持っているんですか。
―はい
仕事ができなかったり時には意欲がなかったりで、ホームレスをしている人がいますね。金がかかるから消えてほしい人、という感覚を、あなたはもっていますか。
―はい

社会保障関係でお金がかかるいうことでは、このところ、生活保護費が実に増えてしまったということも話題になっていますね。
―はい
あなたは、措置入院が解除された3月の生活保護の申請について、お母さんから「それでは、当たり屋と同じだよ」とまでラインにかかれましたか。
―そんなのがあったかも。
あなたは、お母さんに対して「こんな時に受けないで、いつ受けるんだ」ともいいましたか。
―そう言ったかも
あなたは、住める親御さんの家があり、乗り回す自動車があり、自分は精神的に問題がないと考えて通院もしてない、そして親御さんが反対していたのに生活保護を受給したんですね

そのあなたが、どうして、これこれの人には金がかかる、なんて言える立場なんですか


あなたについてのこの裁判、その前の捜査から何から、適正にするため国のお金と多くの人の手間暇が、いっぱいかかっていることは分かりますか。
―はい
あなたの論理で行けば、確実に重大な犯罪をした人は、コストや手間暇かけず、費用のかかる裁判もせずに、ましてその主張を聞きせず。さっさと処罰した方が、よっぽど適切だということになってしまうんだよ、という遺族もいますが、どう考えますか。
―時間がかかり過ぎだと思います。

「不幸を作る」について聞きます。
あなたは、重度障害者が時に見せる笑顔も覚えているのでしたね。
―はい
それは、赤ん坊が突然泣く一方で、この上もなく可愛いい笑顔を見せた時と、似ていませんか。
―似ているかも
それは、重い認知症になった高齢者が、たまに素敵な笑顔を見せた時と似ていませんか。
―似ているかも
そんな時、あなたの言う、「心失者」もとても幸せなんだ、と感じませんでしたか。
―それはそうだけれど、犬猫と同じです

入居者は、食べ物の好き嫌いもあるのでしたね
―はい
好きな親切な職員や、親のことは分かったりすることもありましたね
―はい
好きな歌があったり、踊ったりしていましたね、
―はい
そんな幸せや心の動きは、「心」というのではないですか。
―*** それは「心」ではなくて「感情」です。感情は犬猫でもあります。
「心」でも「感情」でもいいですよ、言葉を出せず知らなくても、人を愛する心、愛される心が見えたでしょう。
―「心」と「感情」は違います。

あなたは、昨年夏からある雑誌(実話ナックルズ、2019年11月号)に漫画「トリアージ」を連載しましたね。
―はい
その中には、「クローンが心を持ったことが世に知られれば大問題だ」「命は尊いと唱えるだけでは思考が停止している」というセリフがありますね。
―はい
「心」というのは、あなたとしても、人間かどうかの重要な基準ではないんですか。
―「心失者」には感情はあっても心はありません。

既に日本将棋は、人間よりもコンピュータの方が強くなりましたね。
―はい
囲碁も、人間よりもコンピュータの方が強くなりましたね。
―はい
既に話せるロボットもあり、情報を与えれば「名前、製造場所、それから何年たったか」と言えますね。
―はい
そんな高性能ロボットと人間の違いは、「感情」とか「心」ではないんですか。
―いえ、心があるロボットもそのうちできると思います。人間とロボットは違いはないと思います。
「名前、住所、年齢」を言えずとも、自分で排せつなどできない人であっても、「心」がある以上「人間」であり、それが「人間の命」そのものではないんですか。


あなたは、にじホームの職員丙Bさんが言った「心はあるんだよー」という言葉、それは彼女の心の奥底、本音の言葉だったと思いませんか。
―はい
これはできれば答えてほしいんですが、私は自分が死んだら先に死んだ人また会える、それこそ自由に話せると思っているんですが、ご自身はどんな感覚ですか。
―死んだら無、だと思っています。

あなたも、生物学的な人として生まれたこと、精子の数もやたらいっぱいですから奇跡ですよねる。そして何とか食っていける今のこの日本に生まれた。それ、奇跡ですよね。
―はい
折角、奇跡的に生まれた命なんだから、能力が高かろうが低かろうが、障害があろうがなかろうが、生きている意味が見つけられていようといまいと、心がある、生きていること自体が大切ではないんですか。


あなたは今、自分の考えは正しいと言いつつ、したことは正しかったか分からないというような言い方をし、殺した人に対してもお詫びするとしている。それは、雨宮さんとともに面会した「創」の篠田さんと、謝罪する方法についていろいろ話して決めたことではないんですか。

あなたは、死んだ子の年を数える親の気持ちが分かりますか。
―分かりません。

人は、自分がしたことが取り返しのつかないものであればあるほど、考え直したくないものです。そしてあなたもここにいる誰もが100%、必ずや死にます。うえまつさとしさん、自分がしたことをどう捉えるか、自分が死ぬまで、色々な面から考えていってもらえませんか。
―はい
          *************** 

(下記は冒頭質問の美帆さん関係)
あなたが初めて刺した人は、美帆さんです。あなたは美帆さんの胸や腹部を三回、背中を一回、臀部を一回刺して殺しました。初めて人を刺したその手の感触を覚えていますか。
―必死で覚えていません。
初めて人を刺したのですよね、
―はい
初めてならば、なかなか忘れられるものではないと思う、思いだして下さい。
―よく覚えていません。

あなたは、はなホーム110号室の美帆さんなどは事前に知らなかったが、取り調べや記録、法廷の調書朗読で聞きましたね。美帆さんがどんな人だったか、言ってみてください。
―メモを取っていないので、明確には答えられないです。
美帆さんにつき、赤ん坊のころから骨になってしまった所までの12枚の写真に、お母さんの説明をつけ、証拠として検察側から請求してもらいました。被告側が同意しなかったから証拠にならなかった。そこで、公判が始まってから是非差し入れしてほしいと、私から弁護人に改めておくった。それは見ましたか。
―見ました。
どう思いましたか
―長年育てられたお母様のことを思うといたたまれないです。
11枚目がやまゆり園での美帆さんの写真、お母さんと最後に会ったのは7月24日でした。もう少し髪が伸びたら晴れ着を着て写真を撮る予定でした。覚えていますか。
―いたたまれない。

美帆さんのは、お母さんたちに幸せを与えていなかったのですか。
―それもあるでしょうけれど、施設に預けていた以上、お金と時間を無駄にしていた。
幸せを与えていた部分があることは認めますか。
―あっても、それではいけないと思う。愛して育ててはいけないと思います。

美帆さんの葬儀には延べ200人ほどが来てくれた、美帆さんがいることを喜ぶ人がいたことは分かりますか。
―喜ぶ人がいたかもしれないが、喜んではいけないと思う。
美帆さんは人間ではないというんですか。
―人間として生活していないと思います。
人間として考えるべきではないとうこと?
―そういうこと

あなたは、刺身包丁で、まさに初めて人を刺した最初の時、右手の小指を切ってしまいましたね。
―はい
出血があって、事件後コンピニで洗いましたね。
―はい
その傷の痛みまたは記憶は、この1月8日の初公判の時も残っていましたか。
―はい
8

2020/2/10

「心があるんだよー」  カルト・宗教・犯罪

「心があるんだよー」
―「相模原障害者43人殺傷テロ事件」の、彼の考えと強く対比されるべきは、パニックの中で言った一職員のこの言葉です。涙が出る。2月6日、彼は彼女の心の奥底から出た想いと認め、少し動揺したと言った。新聞見出しに出ていいはず。 
6

2020/2/10

人の恐ろしさを直視すべし  カルト・宗教・犯罪

「相模原障害者多数虐殺テロ事件」、今日は弁護側申請の鑑定証人で午後5時22分に終了。なんか空しかった。報道では、下記のようにある。
 *********
>幼少期から大学卒業まで明るいお調子者だった被告の人格が、事件の約1年前に過激な主張をするなど異質に変化したことを挙げ、週4〜5回の大麻乱用による大麻精神病の影響があると指摘
>大麻の使用頻度が増えた事件の約1年前から、被告の粗暴な行動が増え「障害者は安楽死すべきだ」と考えるようになったと強調した。
 ********

あのー報道の方、

1、「★大麻影響の慢性的な精神病症状の支配下にあった」とし、分かりやすく(3年半たった)「★今も大麻精神病のまま」と証言したと書いてくださいませな。

2、それ以前の、入れ墨入れ、危険ドラッグの使用などは「青春の蹉跌」の範疇だと述べた、とも書いてほしかった。

3、そして、だが「事物の是非・善悪を弁別し」「かつそれに従って行動する能力」がないとか著しく減退していたのか、ということには言及しなかった、と書いてほしい。それ最終的には裁判で決めることだが、鑑定的な証人は通例言うはずのこと。例えば「統合失調症」とて、鑑定証人たるものは、病名だけを言えばいいものではないのです。

4、また、2月7日の大澤達哉鑑定人は、「自己愛性」「反社会性」「統合失調型」の人格障害としたのだが、広く人格障害自体を否定したのが印象的でした。

 それは、下記の「C.その持続的様式が、臨床的に意味のある著しい苦痛または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害を引き起こしている。」
http://kompas.hosp.keio.ac.jp/sp/contents/000076.html
の要件につき、それが被告人本人は苦しみを感じてないから人格障害ではないと証言していた。
 あのー、多くの人格障害は、本人の苦悩―自らを全うできないことの苦悩かな―ではなく、周囲の苦痛・困惑であって「または、社会的、職業的、または他の重要な領域における機能の障害」の方に当てはまるのでは、と反対尋問したかったなぁぁ。

5、もっとも感じたのは、この先生、確信犯「はまった人」の恐ろしさを知らないんだな、と。そもそもの出発点が、65分、移動時間などを引けば実質30分程で43人を殺傷したのが、実に異常だとし、その結果から「精神異常のはず」という形での証言をしていた。

 違うって。確かに驚くが、そんなこともするのが人間なんだと。そも「人の命なぞ、男も女も高齢者も子どもも、まして障害者、重度知的障害者の命なぞ、歴史上長い間大切にされて来なかったんだと。今も国によっては大事にされていないんだと」「それが何とかここまで命、人権を守る社会になってきたのだと」「嵌ってしまったときは、人は人を限度なく効率的に殺すこともできるのだ」と。その人間の恐ろしさを知らないのだなと思った。


まあ、大麻使用被告事件と正反対に、弁護側がこそがその影響の大きさを主張する裁判です。弁護人としてはまあ当たり前の行動であり、批判しないであげてほしい。

2月12日に被害者らの心情陳述、17日のそれと検察の論告求刑、参加弁護士らの意見陳述かと。
5

2020/2/7

におい―現実感  カルト・宗教・犯罪

2月6日の質問と回答のどの報道でも、下記が出てない

私、全体質問の「心失者」中私担当の冒頭で

●「おむつを下ろしたり、お尻を拭いてあげていた時の『あの大人のウンチ』の臭いを覚えていますか」
●「血の臭いを覚えていますか」
●「偶に見せる入居者の笑顔を覚えていますか」
とまず聞いた。そして
「それを頭に置きつつ、質問に答えてください」と続けた。

←それら現実感と、きれいごとではなく聞きたい、としなければ、本人は考え始めない。
1番は、直ちに覚えています。
2番は、はっきり覚えていない。
3番は、覚えていますとの答えだったと。

離乳食を食べ始めるまでの赤ん坊のウンチは酸っぱさそうなにおいにとどまります、その後も排せつを覚えるまでのことなんですよね。


(2.9 誤解あるといけないので付言―重度知的障害者の施設であるやまゆり園においても、排せつを自らできない方は、一部。ただあの実感覚こそが、老人介護、重い認知症介護の場合と同様に確実に記憶に残るものであり、この問題の重さがあるのだと。人間観がまだ確立していない若い人にとっては、昔は元気だっだと思え動きも緩慢になっている老人介護以上に辛く、また「人とは」「生きるとは」と問いに直面するは、当たり前のこと。)
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