2019/6/14

「運動家?」として敬服  憲法・社会・官僚・人権

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https://news.yahoo.co.jp/byline/itokazuko/20190612-00129868/
性犯罪「意に反する性交を処罰する」立法提案が「冤罪を生む」は本当か。他の犯罪と比較してみよう。 伊藤和子 | 弁護士、国際人権NGOヒューマンライツ・ナウ事務局長 6/12(水) 22:51
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 伊藤和子弁護士は、住居侵入とて「同意」が問題となり、不同意云々はおかしくない、という言い方をしている。なんなんだか。 
 なんで伊藤弁護士は「同意なくして性交」にて有罪、とする構成要件ばかりの運動をするのだろうか。なぜそれにこだわるのか。感覚的・スローガン的に過ぎるのではないか、と。

 議論内容も乱雑だろうと。住居侵入罪の「正当な理由」判断などと比較して、暴行・脅迫とかでなく「不同意」を要件とするとしても、他に比べてえん罪の危険性が高いものではないと言いたいようだが、それは違うと。

 住居侵入は、まずは他人の家に入るという通例でない行為があるのだが、性交は、少なくない被疑事件がそうであるように、ホテルにともに入ったり、片方の部屋だったりする(つまり住居侵入とは異なり、外観的な他の「行為」がないのだから)、残る問題は「同意」それ自体のみになります。

 第2に、えん罪の危険性を直截に見つめていません。★「同意してないと思った」と自白させれば、暴行など一切なくても有罪となるのですから、自白をとることが大切であり、代用監獄問題からしてもえん罪の温床となる、という単純な話でなんです。

 第3に、「同意」といった主観的要件はなるべく入れないのが罪刑法定主義の精神に合致すると思うんです。私文書偽造罪では本人の同意なしが必須になること仕方がないですが、同列に強制性交罪を「不同意性交罪」に変えることが有害無益ではないか、と検討する必要がある。

 趣旨は、「同意の意思表示をしていないにかかわらず性交等をした者は」とか「不同意の意思表示をしたにかからず性交等をした者は」とかではなく「同意がないにかかわらず性交等した者は」と言うことでもあり、まさに主観的要件でしょう。

 第4に、高松高判S47.9.29事例を忘れないでください。類似事例もあるだろうと。これは、2週間前までの脅迫によるとして有罪されたものです。しかし、場所、時刻を被害者側が指定した事例であり、「不同意」が要件だったら、いくら何でも「無罪」になってしまうと思います。

 ★自白強要ができない国になっていけば、「同意してると思った」で無罪になる以上、同様に無罪率が高くなってしまうのでは、と恐れます。

 第5に、詐欺的同意の問題を論じてないです。極端には「結婚すると女性と約束して性交した男」「安全日だよと言って性交を求めた女」は、強制性交罪になってしまうのか。前者は約束が違う、後者は妊娠して云々トラブルが、民事ではかなりあるんです。
 私文書偽造で、名義人から詐欺的に同意を得ていた場合は有罪だったのではなかったかしら。詐欺的にとった「同意」も同意として有効なのかどうか。はっきり説明していかないといけないだろうと。

★伊藤先生におかれて、暴行・脅迫や抗拒不能、監護者性交の要件を少し緩めるといった提案を、なぜ考えないのか、とつくづく思う。

★自分として、涙を見てきたカルト問題など思い起こして、「抗拒不能」につき心身喪失に匹敵するものでなければならないのか、監護者性交罪につき18歳になればすべて適用できないでいいのか、「著しい支配と服従での性交は有罪」という実質をとるための立法政策は? と思ったりしています。議論していく余地はあろうに、と。

★まあ「同意」を構成要件にして「不同意性交罪にすべし」と主張しつつ、落としどころとしてを要件緩和あたり、と考えておられるのなら、「運動家として」大したものです。
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2019/5/14

司法制度に関して  憲法・社会・官僚・人権

1  裁判の報道は、しっかりした資料があるものなのに、時にトンデモない間違いをしたりしている。
 その原因は、記者の勉強不足だけでなく、記者会見などする発言者の発言・提供資料が、偏っているからかなあ、とも思われる。
 一方的に過ぎると、信頼性を失い、運動を弱くしてしまうものなんだが。


東京新聞2019年5月14日
性犯罪「司法判断おかしい」 相次ぐ無罪「刑法改正を」
https://www.tokyo-np.co.jp/article/national/list/201905/CK2019051402000127.html
大間違い:「相手からの「暴行または脅迫」によって抵抗が不可能だった証明をしなければならない。」
正しくは:「著しく抵抗を抑圧するもの、と証明しなければならない」
**それにあたるかを検察・弁護は争うものであり、刑法各論を学べば初歩中の初歩のこと、ヒジョーに大切なところなんですがね**


2 デンマークって「強姦での被害届が890に対し、起訴されたのが535、有罪になったのが94」となのこと。

 起訴の実態も違おうし、数字だけではわからないが、しかしまあ、これを「先進国」、司法の先進国なぞと言いたく気持ち。そう、死刑、刑務所や裁判の制度や実態は、国によって大きく違うものなんです。
 だから、それぞれの一部のみを取り出して日本の司法制度を批判する材料とするのは、まともに考えようとする態度ではないのだ、と。


https://www.amnesty.org/en/latest/news/2019/04/rape-and-sexual-violence-in-nordic-countries-consent-laws/
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2019/5/13

権力にフタを。  憲法・社会・官僚・人権

日本国憲法9条は、こういう輩が日本の政権・多数派を握った時でも、戦争をしにくくさせるために、重要な規範として1項で政策戦争の禁止、2項で「戦力」を持つな、と規定したもの。それが、前文の「政府の行為によって再び戦争の惨禍が起こることのないようにすることを決意し」の意味でもある。

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これは、2019.5.13丸山議員の発言、詳細は、こちらです。
https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190513-00000005-htbv-hok&fbclid=IwAR0R00KZ41RzNikEykWnQHQAZsemczhbzyQbWzVLOek1dOBqMe8aCt9HMaM

「頭はいいが、賢くない人」はかなり多いんです。「頭は良くないみたいだが、賢い人」もとても多いんです。で、国会議員なぞに「賢くない人」がなると、とても迷惑なんです。「悪賢い」でさえなく、処置なしです。丸山穂高議員直ちに辞職すべき、させるべき発言内容です。もとより「日本維新の会」は直ちに同人を除名しなければならん内容です。「戦争は嫌」と思う国民は、このままにさせてはならん、と。
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2019/5/10

6.8 望月いそ子さんが大和に  憲法・社会・官僚・人権

あの望月いそ子さんが、大和に来られます。
どうぞ、一度聞いてみてください。楽しい話だとのこと。

「武器の爆買いと私たちの暮らし」−望月記者に聞く
  日時:6月8日(土) 18:30〜20:30 
  会場:大和保健福祉センターホール

―小田急江ノ島線鶴間駅から、東オークシティー方向に徒歩5分
前売り500円、当日700円、学生外300円
講演:望月衣塑子さん(東京新聞記者)
主催:憲法9条大和の会、安倍9条改憲NO!大和市民アクション
問合せ:046-272-8880


詳細やチラシは、下記にあります。
https://blog.goo.ne.jp/k9y2000/e/501c2c6a902d59f66114558883f493d7
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2019/5/8

無罪判決の批判について。  憲法・社会・官僚・人権

https://www.facebook.com/taro.takimoto.94

 「無罪の推定」って、それは時に、被害者にとっても、社会にとっても時に辛いことだけれど、この「やぎさん」のいう通りのものでした。
 それが、権力というものを抑制する近代憲法の原理でした。まして無罪判決に対してどう言うか、という課題でした。
 改めて思った、そう、堂々とこのように言おう。


★このように、の内容
https://togetter.com/li/1336256?fbclid=IwAR0EoS7vM5XYKZfcK-gdRspZ8Rty0lqFpX2GXHleIauGBjMksQ306sxNwmU
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やぎさん @soushokuyagisan
一般人であろうが、法律関係者であろうが、無罪判決を批判するには相応の根拠がなくてはならないということについて、少し述べたい。
2019-03-15 13:00:15 やぎさん @soushokuyagisan
無罪推定は、刑事裁判の判決の場面では、「検察官が合理的疑いを越える立証をしない限り被告人は無罪とされなければならない」という規律となる。
2019-03-15 13:00:15 やぎさん @soushokuyagisan
ここにいう無罪推定は犯罪者をかばうためにあるわけではない。裁判の結果、被告人は刑罰という不利益を受ける。刑罰は死刑まである重大な不利益である。人を誤って処罰することは究極の人権侵害となるので、誤った処罰は絶対に避けなければならない。だからこそ、高い立証が必要とされている。
2019-03-15 13:00:16 やぎさん @soushokuyagisan
一方で、高度の立証責任を負う検察官には、その立証の高さに見合う、被疑者の身体拘束等の強大かつ多様な捜査権限が与えられている。人を監禁したり、家に立ち入ったり、物を奪ったりする等の、一般人がやれば犯罪となる行為が許されているのはそのためである。
2019-03-15 13:00:16 やぎさん @soushokuyagisan
さらに無罪推定とは、「有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われない」という広い意味も持つ。特に情報の伝達の手段が飛躍的に発達した現代においては特に重視されなくてはならない。刑罰によらなくても報道のみで、刑罰に匹敵するほどの社会的な不利益を被告人が受けるからである。
2019-03-15 13:00:16 やぎさん @soushokuyagisan
しかもその不利益は一旦生じてしまえば際限なく拡散し、回復することが非常に困難である。そうであるからこそ、誰かが犯罪者であると非難するには、原則として有罪判決が確定されるのを待つ必要がある。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
これを前提として、無罪判決の意味を考えてみる。無罪判決はそれ自体いかなる意味を持つのであろうか。無罪判決とは少なくとも一人の裁判官が、合理的疑いが残るとした判断の結果出されるものである。無論、判断は、裁判所(裁判官)によって異なり、有罪無罪の判断が分かれることは当然にある。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
しかし、高度の立証が必要とされる刑事裁判において、無罪判決が出されたということは、無罪判決の存在それ自体で、合理的疑いが存在するのではないかという推定が働く。すなわち、ただでさえ高いハードルを越えないと有罪にならないのに、すでに無罪判決という「ケチ」までついているからである。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
また、無罪判決に対する批判は、無罪が推定される(かつ無罪判決によりさらに強く無罪が推定されることとなった)被告人に対する、有罪推定と直結し、その人権を強く侵害することになる。このため無罪判決に対する批判は、有罪判決に対する批判とは全く異なる性質を持つことになる。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
だからこそ、無罪判決に対する批判は慎重でなくてはならない。少なくとも判決を精査した上で、可能な限り証拠の内容も検討してからでなくてはならない。一般人には法的知識がないから、判決の概略の報道のみで判決を批判してよいなどということにはならない。
2019-03-15 13:00:18 やぎさん @soushokuyagisan
あえて引用しないが、今回話題になっている事件は合議事件である。一人ではなく三人の裁判官が判断した結果、無罪判決が出されている。そして批判の根拠とされている報道が伝える判決の理由は1ツイート(140文字)以下しかない。もちろんその要約が正しいものであるという担保はなにもない。
2019-03-15 13:00:18 やぎさん @soushokuyagisan
この報道のみを根拠にした、無罪判決の批判が許されるだろうか。法律知識のない一般人だから許されるだろうか。私はそうは思わない
2019-03-15 13:00:18 やぎさん @soushokuyagisan
不合理な判決は批判されなければならない。しかし、無罪判決に対する批判は、強く無罪が推定される被告人に対する非難であることを十分認識した上で慎重にされるべきである。今回の件で、その認識が一般人にはおろか一部の弁護士にも共有されていないように見えるのは残念な限りである。
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下記、了解を得て転載します。
(滝本の上記紹介への下記佐藤さんの文章)
佐藤悟志 この‪「やぎさん 」という方の主張に全く賛同できないのは、‪「人を誤って処罰することは究極の人権侵害となるので、誤った処罰は絶対に避けなければならない。」という前提が究極に間違っているから。‪「冤罪」も‪「誤処罰」も、犯罪だのテロだの虐殺だのといった世間に普通に転がっている‪「究極の人権侵害」に比べて、そんなに重いのか?。仮に今回の池袋事件の加害者が、‪「悪意を持って轢き殺した」と‪「誤審」されて死刑になったとして、それは無辜の母子を轢き殺すよりも‪重い‪「究極の人権侵害」なのか?。単なる弁護士の勉強不足や世間知らずではないのか?。たかだか‪「国家権力が強大だ」などという強迫的不安に怯えて、世間の常識的な価値観から遊離し続ければ、弁護士も人権派も‪「公共の敵」に成り下がるしかないだろう。


高橋 和敏
 国家権力ってたかだかなのかなあ。あのゴーンさんでさえああだものなア。大逆事件て、本当に有罪で良かったのかなあ。まあ、そういった歴史の積み重ねが欧米にあって、推定無罪を原則にせざるを得なかったということかと。

 犯罪もテロもコワいけど、アウシュビッツやボルポトは、サスガ国家はスケールが違いまんな、という出来栄え。

 無実の死刑OK、一人や二人テロに比べたら何のことあらへん、を基準にしたら、その国家のモノサシって池袋の事件だけに使われる訳ではありませんのでお覚悟を。

西部劇で、怒り狂った町の人々が、捕まったならず者を「吊るせ、吊るせ。」と口々に叫ぶのに対し、「法の裁きを、法の裁きを。」と訴えて押し留めるのがシェリフの役目。逆風に耐えるのも法に仕える者の務め。刑事弁護人が時に感じるツラサですが、血を見るのを嫌がってたら外科医は務まらんのと同じこと。そういう仕事を選んだんです。

 法廷を英語で「コート」と言いますが、私の好きな法格言の一つに「苦しくったって、悲しくったってコートの中では平気なの。」というのがあります。でも、涙が出ちゃう男の子だモン、という気持になるときはありますな、御同輩。


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20190510追加 2019年春の4つの無罪判決につき、問題の所在を分析した図がありました。分かりやすいので、転載して保存までに。

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2019/4/17

名古屋地裁岡崎支部の無罪判決の件など  憲法・社会・官僚・人権

歴史から得た智慧
「表現の自由」等は、他の権利を侵害しない限り保障される。憎ったらしい相手の自由を含み、自分も奴らの自由のため助力する。自分が憎まれる者になる可能性も知りつつ、そして批判もまた自由と。


以下、最近、ツイッターに書き込んだことの修正転載です。備忘録までに。

(名古屋地裁岡崎支部で準強姦罪無罪判決の件―暴力も少し前まで認定できたが14歳からの性的虐待をもとに、本来熟睡中などを示す「抗拒不能」が要件となる「準」で起訴した案件。)

1、判決文に接した伊藤先生がより事案を知りましょうが、それ誇られても。お陰で報道されなかった「2017年8月と9月の性交の前」「7月後半から、8月の性交の前日までの間、こめかみのあたりを数回拳で殴られ、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中の中心付近を足の裏で2、3回踏みつけられた 。」と判明

2、この事件での、伊藤和子弁護士の報告もまたごく一部です。それにて分かったと思っては、間違っていましょう。つまり、伊藤弁護士の判決紹介で概要が出ていると考えては大間違いです。無罪判決てのは、やたら長く書いてあります。要旨でも、例えば下記リンク先のような感じになるんです。
http://www.courts.go.jp/app/files/hanrei_jp/320/006320_hanrei.pdf

3、私は、伊藤弁護士報告にて、直前まで暴力があったとのことなので、「抗拒不能」を要件とする「準」から強制性交罪への訴因変更が課題になったのかどうかを知りたいが、まだ回答なし。

4、いえ小倉先生、虐待されてきた人まして14歳から父に性的虐待されてきた女性の心理を捉えるに、本来、熟睡、酩酊、精神障害などの場合を指す「抗拒不能」ではありますが、同様に捉えてもいいのではと思いもします。それは新たな判例。そのためにこそ、検察は強制性交ではなく、「準」に拘ったのかもと。

5、思い起こすのは明治時代の「電気窃盗」。「電気は財物」と立法化される前、無罪としていた下級審判決もあったが、大審院は窃盗有罪にした。
 それに比べれば「抗拒不能」を拡げることは容易かも。★違うのは、明治憲法下ではないこと、電気窃盗と異なり177条に訴因変更すればいい話だったかもとの点

6、何度もすいません。判決文をもっているのは、知る限り伊藤先生しかないので1つ教えてください。「判決文の記載からは、訴因なり変更につき議論があった形跡はないのですが、もしあるならどんな記載ですか」、これは内容ではなく訴訟手続のことで、秘密にする必要はないと。どうぞお教えくださいませ。

7、集会の参加者の一部とその他の方とで、この裁判官訴追運動が始まっているのでしょう。確かに一部でしょうが、この無罪判決批判・法改正運動にリンク→裁判官の批判→ならば訴追を、という流れが相当にあろうと。伊藤和子弁護士のツイッターに、訴追運動を止めるようしっかり動いてくれること求めているのですが。マッチポンプとならないために、一つの責任だと。
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2019/4/15

「強制性交」と「準強制性交」  憲法・社会・官僚・人権

 名古屋地裁岡崎支部での「19歳女性に対する父による準強制性交」−中学2年生当時から性的虐待があり学費を出してもらっていたことなどから抗拒不能として、強制性交罪ではなく準強制性交罪で起訴−の無罪判決についての補充です。

 判決文に接することが出来たという伊藤和子弁護士の記載によれば、起訴された事件の「2017年8月と9月の性交」では物理的な抵抗はないが、「7月後半から、8月の性交の前日までの間」「こめかみのあたりを数回拳で殴られ、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中の中心付近を足の裏で2、3回踏みつけられた 。」
ということでした。

 その他報道などされて知られている以外にも、実に色々な事実が判決文には記載してあるはずですが記載なく、記者クラブに配られたと思う「判決要旨」も出ておらず、もとより証拠は見れていないので、下記はあくまで推察です。

すなわち、下記の高松高裁判決S47.9.29及び大審院T13.11.7からして、有罪とする可能性を高めるために、刑法178条「準強制性交」ではなく177条「強制性交罪」で起訴する又は訴因変更をすべきだったところ、これをしなかったからという可能性が相当にあるのではと思いました。

 それは、検察側の凡ミスか、178条準強制性交の「抗拒不能」概念を拡げて今後役立てようとする判例づくりのために178条にこだわった感覚があったのかも、と推測します。


 177条と178条は、強盗と窃盗のように大小の関係ではなく、選択的になってしまうので、「どちらかで有罪にせよ」という起訴ができないものです。

 私は、立法論的には、重なる部分がどうしてもありこの事態が生じてはならないから、
@ 特例的に両方での起訴を認めるとか、
A 統一した条文に入れ込むとか、
B 更にその中では「抗拒不能に近いもの」と「反抗を著しく抑圧するに近い暴行または脅迫」で成立させるという併せて一本みたいなことも可能、という条文にしたらどうかなあ、と思ったりもします。

 なお、177条につき「暴行・脅迫」ではなく「同意」要件とするのは、むしろ、高松高裁事例などは無罪になると思われ、妥当ではないと思うんです。


 下記に2つの判例をやや詳しく転載します。


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 高松高裁S47.9.29(判例タイムズ291号276頁、最高裁に上告したが判例集で見つからない、そのままだったのだと思われます)
要旨
 強姦罪における脅迫が姦淫時より約2週間以前に加えられたものであり、しかも、女子が男子に事前に電話連絡をして時刻と場所を指定し、その結果行なわれた姦淫が、外観上はごく自然で通常の男女間の情交と認められるような状態のものであつても、それが、犯人の右脅迫によつて、被害者が精神的に抗拒する気力を失つていることによるものであるときは、強姦罪が成立する。

控訴を棄却した理由の関係部分
 男女間で姦淫の行なわれるにあたり、事前に女子が男子に対し電話連絡をし、女子自ら姦淫の場所と時刻を指定し、その結果同場所で行なわれた姦淫も外観上は極く自然で通常の男女間の情交と認められるような状態においてなされているものであつても、

前記場所等の指定および自然の状態で行なわれたかのように見える姦淫が、それ以前に加えられた犯人の脅迫行為によつて、被害者が精神的に抗拒する気力を失つた状態に陥り、その状態が継続していることによるものであつて、犯人が被害者のその状態に乗じ強いて姦淫した場合には、

たとえ、脅迫行為時と姦淫時との間に一四日間の経過があり、姦淫行為が外観上は通常の男女間におけると同様な状態で行なわれたとしても、脅迫と姦淫行為との間の因果関係は中断されることなく存在するのであつて、脅迫による刑法一七七条前段の強姦罪が成立するというべきである。

 被告人は、被害者が万引でつかまり警察へ申告されるのをおそれているのに乗じ、同女に対し前記の脅迫を加えて同女を畏怖困惑させ、同女をして精神的に抗拒する気力を失わせる状態に陥しいれたうえ情交の承諾を余義なくさせ、その状態が続いている状況のもとで同女が被告人の指示に従い同被告人に電話をした際、同被告人の求めにより同女に情交の場所として旅館某を指定させ、次いで同旅館において同女が精神的に抗拒する気力を失つていて同被告人の意のままになるのに乗じて強いて姦淫の目的を遂げたのであるから、被告人の右一連の所為は、刑法一七七条前段の強姦罪にあたることが明らかである。*****

 また、同女が捜査機関に対し被告人からの前記脅迫の被害を告訴しなかつたことは所論指摘のとおりであるが、同女は自己が万引したことを警察に知られることを最も怖れていたのであり、右脅迫被害を警察に届出ることは同時に自己の万引の事実を警察に申告する結果になることは明らかであるから、同女に対して右の告訴を強いることは自己の万引(窃盗)を自白させるに等しいことであり、被告人は同女の弱身に付け込んでの犯行であつて、
 
精神的に抗拒の気力を失い思い迷つていた同女に対し右の告訴をしなかつたのを責めることは酷であるから、右の告訴がなかつた事実を捉えて、本件姦淫につき合意があつた証左とすることはできない。***

 なるほど、弁護人ら主張のとおり、暴行・脅迫の行為時と姦淫時との間には一六日間の経過があり、その間に同女が被告人と情交関係を結ぶため三回にわたつて同被告人に電話しており、前記ホテル某客室での情交が外観上は極く自然にみえる状態において行なわれていることは所論のとおりである。

しかしながら、被告人は、同女が万引でつかまり警察や同女の内縁の夫にその事実を申告されるのをおそれているのに乗じ、同女に対し、前記暴行・脅迫を加えて同女を畏怖困惑させ、同女をして、精神的に抗拒する気力を失わせる状態に陥しいれたうえ情交の承諾を余儀なくさせ、その状態が続いている状況のもとで三回にわたつて自己指定の日に電話をさせ、次いで同ホテルにおいて同女が精神的に抗拒する気力を失つていて同被告人の意のままになるのに乗じて強いて姦淫の目的を遂げたのであるから、被告人の右一連の所為は、刑法一七七条前段の強姦罪にあたることが明らかである。 

 *********
大正13.11.7、大審院判決、大審院刑事判例集3巻783頁―当時の最高裁です。当時の罪名は強姦罪です。
 「暴行・脅迫」により抗拒不能にして姦淫した場合は、「準」ではなく強制性交罪になるという判例です。

 これは、睡眠中の女性(そもそもの抗拒不能)に対する準強姦致傷被告事件であり、被告側の上告理由は、指を入れたが抵抗されたことに拠る傷害は「準強姦強制猥褻の致傷事件」ではなく「傷害罪に止まる」という主張で、これを認めず準強姦致傷だとした判決でした。
 
 すなわち、睡眠という「抗拒不能」が先にあって、偶々の暴行による傷害は「準強姦」の際の傷害だから「準強姦罪致傷」となる、逆に言えば偶々ではない暴行・脅迫は−それにより抗拒不能となっても−「強姦罪」だ、という意味の判例となっているものだろうと。
 以下読みやすくするために、行替えをしつつ出します。

大審院刑事判例集3巻783頁 要旨
「抗拒不能ニ乗シ姦淫スルニ方リ偶偶暴行ヲ加フルコトアルモ
単ニ姦淫ノ附随行為ニシテ其ノ手段ト為リタルモノニ非サルトキハ
刑法第178条ニ問擬シテ処断スヘキモノトス」

内容
「原判示事實ハ被告ハ前略女子乙(當二十一年)カ他ノ子女ト共ニ同家六疊ノ間ニ寢臥シ居タルヨリ之ヲ見ルヤ直ニ劣情ヲ催シ乙ノ睡眠中ニ抵抗不能ナルニ乘シ姦淫セント欲シ
同人ノ陰部ニ指ヲ挿入シタルニ乙ニ於テ
飛ヒ起キ大聲ヲ發シタル爲其ノ目的ヲ遂ケサリシモ
同人ノ陰部ニ全治五十餘日ヲ要スル傷害ヲ負ハシメタルモノナリト云フニ在リテ
原判決ハ前點ニ於テ説明シタルカ如ク
刑法第百七十八條ノ強姦罪ニ因リ乙ノ陰部ニ傷害ヲ負ハシメタル犯罪事實ヲ認定シタルモノトス

然リ而シテ人ノ抵抗不能ニ乘シ姦淫スルニ方テ
偶暴行ヲ加フルコトアルモ其ノ暴行タルヤ單ニ附隨的ニシテ姦淫ノ手段ト爲リタルモノニ非サルトキハ
刑法第百七十八條ノ強姦罪(滝本注:準強姦罪の趣旨です)ノ成立ヲ妨クルコトナシ

故ニ叙上ノ罪ヲ犯スニ方リ此ノ種ノ暴行ヲ加ヘ因テ人ニ傷害ヲ負ハシメタルトキハ
同法第百八十一條ノ罪(滝本注:致傷罪の趣旨です)ヲ構成スルモノト論斷セサルヲ得ス
原判示事實ハ前段所掲ノ如クシテ
被告カ睡眠中ノ乙ノ陰部ニ指ヲ挿入シタルハ同人ノ意思ニ反シ其ノ身體ニ有形的ニ力ヲ加ヘタルモノニシテ即チ暴行ニ外ナラス

然レトモ被告ハ乙ノ睡眠中抵抗不能ニ乘シ姦淫セント欲シ唯指ヲ同人ノ陰部ニ挿入シタルニ止リ
之ニ依リ乙ノ身體ヲ抑制シテ姦淫セントシタルニ非スシテ
單ニ附隨的行動タルニ過キサルヲ以テ
其ノ所爲刑法第百七十八條ノ強姦罪(滝本注:準強姦罪の趣旨です)ニ該當スト雖

之カ爲ニ被告ハ乙ノ陰部ニ傷害ヲ負ハシメタルコト原判決ノ判示スル所ナレハ
其ノ所爲刑法第百八十一條ノ罪(滝本注:致傷罪の趣旨です)ヲ構成スルモノトス
原判決ハ畢竟叙上ノ趣旨ニ於テ判示シタルモノナレハ
所論ノ如キ不法アルコトナシ論旨理由ナシ」
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