2008/5/13

カルト・詐欺話  カルト・宗教・犯罪

うーん、うーん、
カルト問題にしても、詐欺話にしても、絶えることがない。慣れてはいけないのだが、なんか怒りよりも、虚しさ悲しさを覚えてしまうこともある。なんでだぁ、と。

だって、
1−自分自身は弁護士になる前から、騙されたぁ、ということはない。同様の人も少なくないはず。

2−騙される人は、または怪しげな宗教や占いにはまる人は、どうにも一定層いるような気もする。学歴やIQが高くとも関係無しにね。
原野商法・資格商法などの詐欺事件では「騙されやすい人リストにもう容れられているから注意してね」と言わざるを得ないことも多い。

3−被害者の「ともかく、信じていたくて」という本音を感じることも少なくない。

そりゃね、
1−死んだ後は六文銭しかもっていけないのだから、お金や財産に最大の価値があるのでもない。

2−命さえも、自分が宇宙の一部であることを知るとき、「宇宙の一部に過ぎない」という発想に時には陥る。

いかん、弁護士なり立場不明のカウンセラーとしては、怒りの継続が大切。

つまり
3−だがなあ、生きる以上金銭などは必要だし、自分や他人の命や人生を粗末に扱うのはなんか本能−つまり自然というもの−にやっぱり反しているように思う。

4−何より、酷い騙し方で他人の人生をメチャクチャにする人は許せん。

5−カルト教祖など、時には自分自身が妄想に支配されている人がいるが、それ自体が可哀想でもある、なんとかしなきゃ。

と自分で励ますほかはなし、かな。

まあ、時には私も鬱状態になるものですから、ご容赦を。
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