2007/10/22

初めあれば終わりあり  カルト・宗教・犯罪

うーん、いろいろな事件を見るに、
諸行無常というか
「初めあれば終わりあり、終わらなければ終わりにさせるべき」
という誰かの?格言
を忘れていることに、かなりの原因があることに気がつく。

そもそも、前提たる人の命とて
「人は死ぬ、必ず死ぬ、絶対死ぬ、死は避けられない」
(C麻原彰晃)なのでして。

で、昨日2007.10.21は、早稲田大学創立から125年。
自分もその卒業生でして、昔学生だったときに、創設者大隈重信が
「人生125年説」を唱えたこと、
大隈講堂も125尺の高さ故、大学も125年で終わりであるべき、
と思っていた次第。

21日の新聞には、同大学の、第2の誕生?とかいう広告があった。
なんとも。まあ組織の維持本能というものだろうし、たしかに勿体無いものではある。

ですが、実は、それ以前から寄付金の要請が多く、弱っていた次第。
で、私は、色々な関係のどんな大学についても、寄付金などしたことがない。
というのは、冗談ではない、
契約関係は在学中、卒業後の同窓会組織にはその限りで払う
ということで何も言われる筋はない、と思うから。

(こんな感覚は早稲田の方が多いのだろうなぁ、慶應の場合各業界での同窓会組織も実に凄いものでして、なんとも。寄付金も順調みたい。
あっ、ついでの言うと東大卒の人って、流れで言ってもおかしくないのに、聞かれたらようやく「東大です」いう人が多い。自意識過剰って面白い。まあ比較的頭がいいのだろうけれど、それで?なんですが。もちろん私も受かるんでしたら東大を受けたのですが。同じことで早稲田だからどうした、大学いったからどうした?というものです。まあ40歳、50歳となれば分かること。)

まあ、私はケチなのかもしらんが、なんだかなぁ、従前の関係を利用しての寄附要請は大嫌い。それ以外の、従前の関係利用でないところには、うーん、年間あわせて20万円は寄附しているからご容赦を。それを「自由」という。

で、「初めあれば終わりあり」
それを全ての場面で忘れないようにしたいと思うこの頃です。
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