2020/3/13

死刑廃止の運動する気がない?  カルト・宗教・犯罪

「相模原重度知的障害者多数殺傷テロ事件」につきこの3月中旬に入って、ネット上、死刑にしないでとの運動があるんですね。裁判所では、有罪・無罪と量刑の合議は、もう終わっていように。

そして、その他の動きはないまま。執行された時に大声を出すのだろうか。なんなん、それと思う。
(実は求刑の後に嫌がらせめいた匿名電話があったけれどね、まさにしょもなです)

そも裁判は1月8日から始まっていた。
求刑は2月18日

私は、このブログその他に何度も書いた。
「今日も、裁判所前でチラシの一枚も配られてもいなかった」と

死刑の執行近くなってから、
死刑が確定してから、
死刑判決が出てから、運動するって、
必死さがない、泥をかぶろうともしない、本気ではないな、と。

まして具体的事件と関係なく、それらを見つめることなく「死刑廃止」を言うは、高踏趣味的・宗教的でしかない。

オウム裁判の当時、麻原以外の12人の死刑を止めるべき、止めたいと考えた家族の会や、私どもは法廷で、社会で訴えてきた。辛かろうと時に純粋被害者・遺族の前でも述べてきた。本気だったからです。

植松聖被告についての、私の2月17日の被害者美帆さん遺族参加弁護士としての意見陳述の最後は、こうなっている。

−被告人には死刑を求める。被告人にある命もまた奇跡的にここにある以上、とても大切な「価値あるもの」である。そして、だからこそ、被告人には、その貴重な命を刑罰として失ってもらわなければならない。−

死刑を廃止したいと本気で考える人は、この事件でこそ、
「それでも死刑にしないで、死刑廃止を」とのチラシ
の一枚でも配ると思っていた。でもついにないままだった。

公判日に、横浜地裁前で配っている人がいたら、
私と考えは違うが、その方に敬服した、褒めたいと思っていた。

また、この事件の弁護側は最後まで死刑違憲論を主張しなかった。
死刑を廃止したいのであれば、それも批判しないでどうするん、と思う。

その運動を本気でしている人はいないんですね。
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