2020/1/11

事件報道―名前のこと  メディア・ネット

 私、刑事事件につき、被害者氏名等も、加害者氏名等も、報道は当然に出していいものとは思わない。

 被害者側は本人や遺族のまさに自由選択であり、一部のメディア人とだけ信頼関係ができた時、そこだけの取材を受ける。その報道のみを了解する、も自由だと思う。

 ただ、それは本来、警察が決めることではないし、やむなく当初そうしたとしても、当事者らが、後になって気持ちの全部または一部の変われば、公開するにつき、誰へもどこへも、何の遠慮もする必要はない。

 一方、加害者については事件の大小、特質、被告人の立場によると思う。とても小さい事件で、時には後に不起訴や無罪となることさえもあるのに。未だ出ていたりする。
 小さな事件なのに逮捕云々と報道されたから解雇になってしまった。家族が崩壊してしまったなどもあるんです、たとえ有罪事案でもこの事件で家族崩壊までさせていいのか、と思ったり。

 報道はなんでも自由に出していい、というものではないと思う。記者やデスクとかも、「他人事」ではないと実感していれば、分かるはずのことだと思う。
 上記はメディア人と意見が大分違うかとも。一弁護士の感覚です。

 下記は、私が2017年7月22日にフェイスブックで書いたことだった。お父さん、大丈夫かな、今はどうしているのかな。
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https://mainichi.jp/articles/20170722/ddm/041/040/137000c
 急がないでいいが。このお父さん、あの世でまた、妻とこの娘さんに会えることを楽しみにしているんだろうな。近く会えますね。
 メディアスクラムってとても凄いんです。心理的にとてもきついものでしょう。だから昨年、名前など明らかにされなくて、とてもよかったと思う。被害者側ガードの弁護士らも頑張っていた。
 マスメディア人は、名前など出すべきと未だ多くが言うが、どんな事件でも被害者側に「名前など出されることを受忍する義務」はないはずでしょうが。名前とこのように殺されたこともまた、プライバシーなんだから。
 ああっ、昔は、新聞紙上、強姦殺人の女性被害者名まで当然に地域・名前が出てた、自殺者名も出ていた。あれは実に異常だった。「それはおかしい」という感覚は、今の多くの人、メディア人も持っていように。そんなように、変わっていい常識もあるんです。
 私は、どんな事件でも、遺族の了解なき限り、名前など出さないのが原則だと思う。昨年、警察が確認もせずに一律に非公表としたならおかしいが、一人ひとりの遺族なりの意思を確認しているならば、非公表は当たり前だと思う。
 そして、警察発表になどよらず把握できたメディアのうち、誠意ある取材姿勢をとって了解されたところだけが、このように報道する、それでいいではないか、それがまともではないかと思う。
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