2019/5/8

無罪判決の批判について。  憲法・社会・官僚・人権

https://www.facebook.com/taro.takimoto.94

 「無罪の推定」って、それは時に、被害者にとっても、社会にとっても時に辛いことだけれど、この「やぎさん」のいう通りのものでした。
 それが、権力というものを抑制する近代憲法の原理でした。まして無罪判決に対してどう言うか、という課題でした。
 改めて思った、そう、堂々とこのように言おう。


★このように、の内容
https://togetter.com/li/1336256?fbclid=IwAR0EoS7vM5XYKZfcK-gdRspZ8Rty0lqFpX2GXHleIauGBjMksQ306sxNwmU
*****
やぎさん @soushokuyagisan
一般人であろうが、法律関係者であろうが、無罪判決を批判するには相応の根拠がなくてはならないということについて、少し述べたい。
2019-03-15 13:00:15 やぎさん @soushokuyagisan
無罪推定は、刑事裁判の判決の場面では、「検察官が合理的疑いを越える立証をしない限り被告人は無罪とされなければならない」という規律となる。
2019-03-15 13:00:15 やぎさん @soushokuyagisan
ここにいう無罪推定は犯罪者をかばうためにあるわけではない。裁判の結果、被告人は刑罰という不利益を受ける。刑罰は死刑まである重大な不利益である。人を誤って処罰することは究極の人権侵害となるので、誤った処罰は絶対に避けなければならない。だからこそ、高い立証が必要とされている。
2019-03-15 13:00:16 やぎさん @soushokuyagisan
一方で、高度の立証責任を負う検察官には、その立証の高さに見合う、被疑者の身体拘束等の強大かつ多様な捜査権限が与えられている。人を監禁したり、家に立ち入ったり、物を奪ったりする等の、一般人がやれば犯罪となる行為が許されているのはそのためである。
2019-03-15 13:00:16 やぎさん @soushokuyagisan
さらに無罪推定とは、「有罪判決が確定するまでは、何人も犯罪者として取り扱われない」という広い意味も持つ。特に情報の伝達の手段が飛躍的に発達した現代においては特に重視されなくてはならない。刑罰によらなくても報道のみで、刑罰に匹敵するほどの社会的な不利益を被告人が受けるからである。
2019-03-15 13:00:16 やぎさん @soushokuyagisan
しかもその不利益は一旦生じてしまえば際限なく拡散し、回復することが非常に困難である。そうであるからこそ、誰かが犯罪者であると非難するには、原則として有罪判決が確定されるのを待つ必要がある。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
これを前提として、無罪判決の意味を考えてみる。無罪判決はそれ自体いかなる意味を持つのであろうか。無罪判決とは少なくとも一人の裁判官が、合理的疑いが残るとした判断の結果出されるものである。無論、判断は、裁判所(裁判官)によって異なり、有罪無罪の判断が分かれることは当然にある。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
しかし、高度の立証が必要とされる刑事裁判において、無罪判決が出されたということは、無罪判決の存在それ自体で、合理的疑いが存在するのではないかという推定が働く。すなわち、ただでさえ高いハードルを越えないと有罪にならないのに、すでに無罪判決という「ケチ」までついているからである。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
また、無罪判決に対する批判は、無罪が推定される(かつ無罪判決によりさらに強く無罪が推定されることとなった)被告人に対する、有罪推定と直結し、その人権を強く侵害することになる。このため無罪判決に対する批判は、有罪判決に対する批判とは全く異なる性質を持つことになる。
2019-03-15 13:00:17 やぎさん @soushokuyagisan
だからこそ、無罪判決に対する批判は慎重でなくてはならない。少なくとも判決を精査した上で、可能な限り証拠の内容も検討してからでなくてはならない。一般人には法的知識がないから、判決の概略の報道のみで判決を批判してよいなどということにはならない。
2019-03-15 13:00:18 やぎさん @soushokuyagisan
あえて引用しないが、今回話題になっている事件は合議事件である。一人ではなく三人の裁判官が判断した結果、無罪判決が出されている。そして批判の根拠とされている報道が伝える判決の理由は1ツイート(140文字)以下しかない。もちろんその要約が正しいものであるという担保はなにもない。
2019-03-15 13:00:18 やぎさん @soushokuyagisan
この報道のみを根拠にした、無罪判決の批判が許されるだろうか。法律知識のない一般人だから許されるだろうか。私はそうは思わない
2019-03-15 13:00:18 やぎさん @soushokuyagisan
不合理な判決は批判されなければならない。しかし、無罪判決に対する批判は、強く無罪が推定される被告人に対する非難であることを十分認識した上で慎重にされるべきである。今回の件で、その認識が一般人にはおろか一部の弁護士にも共有されていないように見えるのは残念な限りである。
********


下記、了解を得て転載します。
(滝本の上記紹介への下記佐藤さんの文章)
佐藤悟志 この‪「やぎさん 」という方の主張に全く賛同できないのは、‪「人を誤って処罰することは究極の人権侵害となるので、誤った処罰は絶対に避けなければならない。」という前提が究極に間違っているから。‪「冤罪」も‪「誤処罰」も、犯罪だのテロだの虐殺だのといった世間に普通に転がっている‪「究極の人権侵害」に比べて、そんなに重いのか?。仮に今回の池袋事件の加害者が、‪「悪意を持って轢き殺した」と‪「誤審」されて死刑になったとして、それは無辜の母子を轢き殺すよりも‪重い‪「究極の人権侵害」なのか?。単なる弁護士の勉強不足や世間知らずではないのか?。たかだか‪「国家権力が強大だ」などという強迫的不安に怯えて、世間の常識的な価値観から遊離し続ければ、弁護士も人権派も‪「公共の敵」に成り下がるしかないだろう。


高橋 和敏
 国家権力ってたかだかなのかなあ。あのゴーンさんでさえああだものなア。大逆事件て、本当に有罪で良かったのかなあ。まあ、そういった歴史の積み重ねが欧米にあって、推定無罪を原則にせざるを得なかったということかと。

 犯罪もテロもコワいけど、アウシュビッツやボルポトは、サスガ国家はスケールが違いまんな、という出来栄え。

 無実の死刑OK、一人や二人テロに比べたら何のことあらへん、を基準にしたら、その国家のモノサシって池袋の事件だけに使われる訳ではありませんのでお覚悟を。

西部劇で、怒り狂った町の人々が、捕まったならず者を「吊るせ、吊るせ。」と口々に叫ぶのに対し、「法の裁きを、法の裁きを。」と訴えて押し留めるのがシェリフの役目。逆風に耐えるのも法に仕える者の務め。刑事弁護人が時に感じるツラサですが、血を見るのを嫌がってたら外科医は務まらんのと同じこと。そういう仕事を選んだんです。

 法廷を英語で「コート」と言いますが、私の好きな法格言の一つに「苦しくったって、悲しくったってコートの中では平気なの。」というのがあります。でも、涙が出ちゃう男の子だモン、という気持になるときはありますな、御同輩。


     **********
20190510追加 2019年春の4つの無罪判決につき、問題の所在を分析した図がありました。分かりやすいので、転載して保存までに。

クリックすると元のサイズで表示します
3



teacup.ブログ “AutoPage”
AutoPage最新お知らせ