2019/4/14

判決内容にて裁判官訴追要求とのこと。  憲法・社会・官僚・人権

https://www.change.org/p/父親の娘への性行為無罪判決は許せない-司法は-裁かれるべき者が正しく裁かれる裁判-の実現を-裁判官訴追委員会御中-名古屋地裁岡崎支部-鵜飼祐充裁判長の罷免を求めます?recruiter=59784731&utm_source=share_petition&utm_medium=facebook&utm_campaign=psf_combo_share_initial&utm_term=psf_combo_share_abi&recruited_by_id=d4537250-e9ff-0130-13a1-002219670981
「父親の娘への性行為に無罪判決を出した、名古屋地裁岡崎支部の鵜飼祐充裁判長の罷免を!〜法が変っても裁く側の「解釈」で変えられてしまう!「裁かれるべき者が正しく裁かれる裁判」の実現を!」というキャンペーンについて。

 暗澹とした気持ちです。

1 裁判内容により裁判官訴追をもとめるなど、司法・裁判官の独立を侵害する蓋然性が高いからです。裁判官の独立は、他の権力や最高裁行政からも独立させて、各(各裁判=訴訟法上の意味での)裁判所の独立を守る貴重な原理であり、近代憲法の根本だからです。これが認められなければ、他の権力が一部国民の権利・法的を恣意的に剥奪しようとする時、裁判官が憲法と良心に従った独立の判断が出来なくなってしまうからです。

 また、そもそも合議体で出された判決は、3人の合議によるものであり、その裁判長が決めるものではありません。ひょっとして裁判長裁判官は有罪判断だったのかもしれないのです。

2 さて、名古屋地裁岡崎支部の19歳女性被害者への父の行為についての裁判は、「暴行・脅迫」を要件とする「強制性交罪」での起訴ではなく、「抗拒不能」を要件とする「準強制性交罪」での裁判ですから、「暴行・脅迫」のハードル問題とは違うものです。この点が、広く誤解されているように感じます。

 そして「抗拒不能」は、その場で具体的に被害者に判断能力がないと思われる熟睡、泥酔、精神障害などの場合を言うものです。

3 重要なことには、伊藤和子弁護士の判決紹介では、なんと下記のとおりの直前の暴行が認定されているものでした。
曰く「2017年8月と9月の性交」では物理的な抵抗なしだが「7月後半から、8月の性交の前日までの間」「こめかみのあたりを数回拳で殴られ、太ももやふくらはぎを蹴られた上、背中の中心付近を足の裏で2、3回踏みつけられた 。」と。

4 これを知って、なんで検察側が「強制性交罪」に訴因変更を求めなかったのか、と大変疑問に思いました。そのようにすれば、より有罪になる蓋然性があったとも思われるからです。

 判例では、高松高裁S47.9.29判決にて、「約2週間以前の脅迫、女子が男子に電話連絡をして時刻と場所を指定した上での姦淫が、右脅迫によつて、被害者が精神的に抗拒する気力を失つていることによるものとし、当時強姦罪として有罪」というものもあるんですから。

5 刑法177条強制性交罪と178条2項準強制性交は、訴因を変更しないまま有罪判決を出せる関係にありません。
強盗罪と窃盗罪のように「暴行脅迫がなければ窃盗」とか、殺人と傷害致死のように「殺意がなければ傷害致死」という大小の関係ではなく、「暴行または脅迫」と「抗拒不能」は選択的な関係にあるからです。

6 「暴行・脅迫」により抗拒不能にして姦淫した場合は、「準」ではなく強制性交罪になります(当時は「強姦罪」でしたが大正13.11.7大審院判決)。すなわち、今回の問題は、上記からすると検察側にある可能性が高いと思われるものです。

 それもあってか、検察側は上訴したのであり、控訴審で強制性交罪への訴因変更を求め、これを高裁が認めて有罪になる可能性も高いと思われます。

7 そもそも、本件では判決文はまだごく一部の関係者が持つだけです。伊藤和子弁護士は入手したようですが、匿名化するなどしてその全文を示すことはしていません。刑事の判決文は言渡しの日には出来上がってなくても良いので、法廷で読みあげられたものが判決文全体は限りません。

 また「判決要旨」は判決当日に記者クラブに渡されたとも思われますが、それがそのまま報道されていないようです。せっかく裁判所が社会にそのまま伝えていいという配布したものが出されいないのです。報道が「判決要旨」のごく一部なのは、私もしばしば経験してきました。困ったことです。

8 父が子を姦淫するなどもとより許されないことですが、日本刑法も含め多くの国では近親相姦罪というのはありません。養親子の場合はどうするか、兄弟姉妹はなど親族範囲を容易に決められず、両者ともに処罰するのかなど問題が多く、むしろ弱年者への姦淫を当然に強姦罪とすれば足りるとしたからとも思えます。
 日本は昔から13歳未満との姦淫は、それ自体で有罪としてきました。

9 また、強制性交罪で「暴行・脅迫−判例上強盗罪のような抵抗を抑圧する程度ではなく、抵抗を著しく困難にする程度として弱いもので足ります−」というのを「同意」要件に変更するのは、その証明(立証責任をどちら側にするにしても)があいまいに過ぎ問題が多すぎると思えます。

 むしろ、前に掲げた高松公判の事例などは、女性側が時刻と場所を指定しているのですから、同意がないとはとても言えず、無罪になってしまいます。

10 なお、先年、刑法179条により、18歳未満被害者への「その者を現に監護する者であることによる影響力があることに乗じ」た場合、強制性交罪等と同様に処罰されます。

 私は、立法論としては、よく検討した上でこれ改正していく―年齢ではなく監護者概念を拡げるとか―方策はあるのでは、と思ったりはします。

(追伸―強制性交罪と準強制性交罪については、一体的な条文とできないか、又は選択的訴因のままでも許すということができないか、とも思います。)

11 以上の次第です。本件は、他の性犯罪事件と同様、被告人弁護側として、たとえ無罪判決だったとしても、記者会見などして色々と弁明できる類型ではありません。

 過去、再審無罪となった事件のみならず、少なくない冤罪だった性犯罪事件につき、被疑者逮捕当時や一審有罪判決などの当時には、社会から被告人らには罵声が浴びせられました。
 それは有罪とは認めないが、倫理的には到底許されない行為をしていたものが多く、また人違い事案であっても、多くは誤解されやすい前科などある被告人だったからです。
 
12 冒頭事件のおぞましさの故に無罪となったことの怒りを感じることはよく分かります。その怒りは「正義」に基づくものですが、「正義は時に暴走する」ことがあることも、また知られたことだと思います。

 罪刑法定主義、刑事法の厳格解釈の原理、「疑わしきは被告人の利益に―法解釈にあっても―」は、近代刑法の根本です。

 そして、裁判内容の故に、裁判官の訴追を求めるというのは、以後裁判官を著しく委縮させ、冒頭に記載した通り、憲法の重要な原理である司法・裁判官の独立を侵害する恐れが多分にあります。このようなことがあれば、他の案件特に「統治行為論」を打破しようとしたり違憲立法審査権など行使しようとする裁判官が委縮することは目に見えています。

 どうぞ、改めて、よくご検討くださるようお願い申し上げます。

以上 
           
 2019年4月14日 弁護士滝本太郎

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