2018/10/11

「死刑廃止を哲学する」だってさ。  憲法・社会・官僚・人権

https://www.nichibenren.or.jp/event/year/2018/181023.html
日本弁護士連合会は、2008年から毎年「死刑を考える日」を開催し、「死刑」をテーマにしたシンポジウムを行っています(2012年に「死刑廃止を考える日」と改称し、2016年からは「死刑廃止の実現を考える日」に改称)。  
今年度は、「オウム13名死刑執行の波紋」をテーマに、オウム事件死刑確定者13名全員の大量死刑執行が国内外に与えた波紋を検証し、萱野稔人教授による哲学的考察を踏まえ、「2020年までの死刑廃止」の可能性について議論を試みます。10月23日


・「死刑廃止を哲学する」だって、なんともぉ、と思う。
・廃止論者ばかりの集まり、EC諸国からの圧力利用、そして「哲学する」とかやっていたら、死刑廃止なぞ遠のくばかりだと分からないのだろうか。
・死刑シンポにはだいぶ前に一度呼ばれて話したが、以後お呼びがかからないなあ、なんでかなあ。
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2018/10/10

「弄便行動」について。  カルト・宗教・犯罪

『麻原彰晃の死刑執行を批判する「真相究明の会」森達也氏に、被害対策弁護団・滝本太郎氏が反論』
https://biz-journal.jp/i/amp/2018/08/post_24403.html
−上記は、深笛義也氏が、ビジネスジャーナルと言う所に出してくれた私のインタビュー記事です。紙媒体には出てないんですね。まあネットニュースの方が後々残るかもしれないし、若い人が読みやすいものだはあろう、と。
 
で、そのうちの一部の下記、意外に知られていないようなので、備忘録用に転載します。
病気、障害、認知症などによるこの状態を知る色々な関係者にとって、とても辛いものです。「介護ミトン」とかの単語も知る人は知る、のだろうと。

        *******
 麻原はウンチを壁になすりつけることまではしていません。「弄便行動」と言いましてね、便に関して症状が出るならそこまでします。麻原はウンチを手に取ってはいないんです。面会を拒否するようになっても、お風呂や運動の時などは抵抗なく行っていたし、ごはんもこぼさずに全部食べていたんです。十何年も狂ったフリをできるというのは怪物ですと森氏は記者会見で言っていたけど、麻原はそのくらいの怪物ではありますよ。
 便で思い出せば、麻原が絶対者だった時のエピソードがあります。人間が糞便製造機であることを示すため、女性信者にウンチさせて、その場で男性信者に食べさせるなんてことをやっていたんです。その男性は今もアレフにいます。
 本当に詐病だったんだと、今確信しますね。執行の前、抵抗なく静かだったということは、私も直接聞きました。遺骨を四女に託すと意思表示したというのも確かだと思います。7月6日、その日から私は受け取り方を確認しているわけですから。松本智津夫として死にたかったんだろうな、と思います。
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追伸―上記文脈での「7月6日の受け取り確認」は、拘置所は四女にという指名があったから問い合わせてきたのだと推認できるという趣旨です。当方へは、6日の電話は真実受け取りをするかの電話聴取であり、本人がそう指示していたと聞いたのはそんな一部報道があった8日面談、そして「正式に」として9日電話通知にて。
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2018/10/7

幸福の科学―2つの動画  カルト・宗教・犯罪

https://www.youtube.com/watch?time_continue=3&v=pF1r0EpljJc
上記は、「幸福の科学」教祖の長男「宏洋」氏―父からも教団からも離れたとのこと―がアップしたユーチューブ動画です。2つめみたい。

https://www.youtube.com/watch?time_continue=13&v=b7rPEuqEnIA
こちらが、これを受けた、「幸福の科学」の広報部長里村栄一氏のユーチューブです。

実に全くなんとも、

・宏洋さん、
 偉いっす。敬服します。でもどうぞボチボチとね。まずは食っていくこと、なんとか「生きていく」があれば色々と変化していく、と。時に鬱状態に入ったりすることもあろうけれど、ますますボチボチとね。

・里村さん、
 外から見て、いい大人がみっともないだけだと分かっておられるかな。信者さんの一部もそう感じるでしょう。もともと近くにいれば、矛盾も多く知るものですよね。疑問が生じたときは、素直に自らの声に耳を傾けてください。信じていたいとか、中にいれば人が敬服してくれる、他の道は自分にはもうない、なんてことで自分の人生に妥協していては、死ぬ時に後悔すると思うんです。
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2018/10/7

一次資料  カルト・宗教・犯罪

こんにちは、どの様な案件でも、真相を知るためには一次資料がもっとも大切です。

 宗教関連の学者さんが、従前、教祖の説法や幹部、教団の紹介された人ばかりを聞く傾向があったのは、まったく信じがたいものでした。
 宗教団体だろうと何だろうと、その本質・真相を知りたいならば、公式文書で足りるはずなどありえようがなく、裏説法、構成メンバーの声、脱会者の声、周辺の声など知ることが必要だろうに、と思うからです。
 まして「宗教」は教祖や幹部らだけで成立するのではなく、「信じる」側の分析、実際何をしてきたのかが本当の「教義」を知るにも大切でしょうに、と思うので。
 大昔の宗教現象には教祖の声程度しか残っていないことが多いだろうが、新宗教などの場合、その他の資料も多く残っているし、今の宗教ならば尚更にあります。まさに「まともにガクシャしてよ」です。

 オウム集団においては、リンク集にある下記もあります。元信者が自分で書いているもので、まさに一次資料です。
 貴重なのにろくに見ていない学者さんやジャーナリストもいるみたいなので、再度紹介しておきます。そしてその手記のアップしておきます。


サイト「カナリヤの詩」
http://www.cnet-sc.ne.jp/canarium/
会報「カナリヤの詩」の全体は、PDFにてこちらに。
https://sky.ap.teacup.com/applet/takitaro/20150409/archive

追加13 ● A K
1998年1月23日 第32号より
◆ 私はサリン事件で警察に逮捕され、種々の取調べを受けました。 自動小銃製造の件に関しての取調べの時、オウムで作った”AK−64(?)”を取調べ官が持ってきて、実際に持たせてくれました。それはズシリとした重量感がありモデルガンなどではなく、まさに本物の銃でした。
 取調べ官によれば、「オウムで完成された自動小銃は二丁あって、ここに持ってきたものは実際に撃てるものでもう一丁は排莢動作が上手く行かない。」とのことでした。完成したのを見たのは始めてだったので、その時は正直言って「すごい!」と少し感激してしまいました。

◆ 92年9月岡村鉄工が倒産しそうだということで、当時の広報技術のメンバーが金沢に呼び集められました。
 例のごとく何も内容は聞かされませんでした。しばらくして岡村鉄工は結局倒産し、そのあとで村井さんからここの設備でモデルガンを作り、玩具として販売することもこのヴァジラ・アヌッタラ・ヒタ・アビブッディ(倒産後の、松本被告を社長とした新会社)の仕事に加えようと言われていたのでしばらくは作っているものはモデルガンだと思っていました。

◆ しかし94年6月に自動小銃だということがはっきりしました。それは豊田亨さん・МSさんと私を含めた四人の科学技術省のメンバーが第六サティアンの松本被告の自宅に呼ばれ「君たちには自動小銃の弾を製造するラインを造ってもらう。」と指示されたからです。
 その時やっぱり本物の銃を作っていたんだと判り心臓がドキドキして、体が緊張しました。しかし同時にこんなに重要な仕事を指示されるのだから頑張らなくてはという喜びの気持ちも沸きました。

◆ そしてそのようなことをすれば当然重罪に問われるだろうがそれも仕様がない。もし逮捕されるとしたらそれが私に与えられる修行なのであろう。と自分のすべてを松本被告に供養する決意を新たに固めました。
 この前に93年の亀戸異臭騒ぎのときにも、松本被告に豊田さんと二人で呼ばれて「君達には、屠られた子羊になってもらう。救済のために命を投げ出して全力で頑張って欲しい。」と言われました。

◆ この時はじめて自分の死、もしかしたら無差別の殺戮、そしてそれに伴う自分への刑罰などが現実的な葛藤として大きく迫ってきて、心臓が止まりそうな物凄い動揺の中で自分のすべてを供養する決意を固めたことがありました。このときは、その当時の決意を呼び覚ましたという感じでした。

◆ その亀戸の件についてもう少し詳しく述べると、その後決意は固めたものの、あまりの動揺で体は震え、鳥肌が立ち、寒気がしてそれを落ち着けるのに大変でした。亀戸の件は結局失敗に終わったのですが、そのあとのミーティングで松本被告に上祐さんなどのステージの高い人から順番に意見や反省を言う場面がありました。

◆ 緊張が緩んだのかМさんと豊田さんは、泣きながら声を震わせて話をしていました。私はその痛いような不安な気持ちがわかるような気がしました。でも私には涙が出ませんでした。それはその時には「もう自分の命も苦楽も松本被告に御布施してしまったんだ。これからは、このようにいつも自分を布施していく実践をつづけていくんだ、そしてその先に解脱があるんだ」と思いが定まってしまったからだと感じていたのですが、今思えば余りに急激に心が追い詰められたので、どこか映画を見ているように現実感薄く茫然としか状況を捉えてなかったのかもしれません。

◆ その後94年7月にサリンプラントに加わる時の会議で「このワークは大変危険なワークでボタン操作一つ間違えば、この上九一色村、富士山麓全体が死の山となるぐらいのものだ。辞退したいものは今申し出なさい。」と言われ、誰も申し出るものがなかったので続けて「死を見つめながらワークすることがマハ―ムドラ―の修行には欠かせない。」などの話を受けました。

◆ それからいわゆるヴァジラヤーナのワークに専従するようになりました。そして結局95年5月16日に逮捕されることになりました。

 サリン事件や坂本事件などに実際に関わった人達について、とかくとりざたされることは、
・教団内での権力争い
・あれでけっこう好き勝手していたんだ
・在家信徒や出家サマナをも欺いていたんだ
・成長過程で問題があったなどです。
・そしてあれだけ悪いことをしたんだから死刑や無期懲役が当然だ
などと思われがちです。このようなことは外側から見た常識的判断では、恐らく妥当なことなのでしょう。

 しかし彼らと身近に接していて思うことは、彼らが今まで育ってきた生活では考えられなかったであろう人の命を手玉に取るような行為をしている自分の現実、それに対するどうしようもない捌け口としての破戒(好き勝手する事)行為をしていたのだろうかということであり、また彼らの言葉や振る舞いの端々から感じられた無気力さもそのせいだったのだろうかということです。

 第七サティアンでのワーク中、端本悟さんが、疲れを感じさせる雰囲気で、このようなことを話していたことがあります。
「僕は今はこんな買い食いしたり、セーラー(ある女性サマナ)といろいろあったりするけど、昔は真面目だったんだ!。営業やってたころは、他の人は結構買い食いしてたけど、僕は絶対しなかったんだよ!。信じられないかもしれないけどね。でも、ここの第七サティアンのワークもそうだけど、ヴァジラヤーナの修行(ワークのこと)は、本当にすごく厳しいんだよね。だからそういうときに女性っていうのは、本当に逃げ道になっちゃうんだ。救済のためにー!と突っ走れればいいんだろうけどね。だから君もよく気を付けていたほうがいいよ。」

 この時私は「性欲・愛情欲求には気を付けなきゃな。そっちへ逃げちゃだめだな。」と言葉どおりに聞いていただけでした。

 しかし、彼の発した「ヴァジラヤーナの修行は厳しい。」と言う言葉の中には、彼が実際に坂本弁護士一家を殺害したことも含まれているのだと分かったとき、彼が言っていた逃げ道という言葉が重くのしかかってきました。
 もともとは、解脱を目指して出家し真面目に修行をしていたであろう彼らが、それとは程遠い姿になっているように写ったのは、その苦悩の大きさのためだったと、今、彼らの姿や言葉が改めて痛みとともに納得できるのです。

 私たち、元信徒はただ単に一般の人々が言うように、オウムはくだらないところだとして去るのではなく、彼らの痛みを思いながら、それぞれが自分にとってのオウムと決着をつけようとするとき、はじめてオウムのとってきたオウム流ヴァジラヤーナの本質が見えて来ると思うのです。そしてオウムへの依存から独り立ちできるのだと思うのです。またそれが昔、一緒に修行をした仲間に対する誠意でもあるのではないでしょうか。

 私自身はあるお坊さんに助言をもらったり、今までのオウムでのことを振り返ったりするうち、拘置所でまさに劇的な瞑想体験をしました。その体験を基に、オウムから離れることに決めました。
 それは、私たちの目指した解脱・悟りとは、なにも特別な宗教的場面設定が絶対必要というわけではなく、まごころをよりどころにしてありふれた生活をする中でも、いくらでもそれに気づくことが出来るものなんだと感じたからですあの体験がなかったらスッキリとした気持ちでオウムから離れ、その後の短いけど苦しかった刑務所生活を乗り切ることが出来たかどうか、そして今のようにスッキリとした毎日が過ごせているかどうか自信がありません。

 しかし今、私のなかで松本被告やオウムの位置づけがハッキリとなされているかというと、そういう訳ではありません。折に触れ未だにいろいろ考えつづけています。これからもずっと考えつづけることでしょう。私にできることは、それぐらいなのかもしれません。
 私が今、オウムの中で疑問や不安を抱いている現役サマナに伝えたいことは、オウムを続けていくということは重大事件に関わった人達のような葛藤を経験していくということに他ならないのです。それだけの葛藤を受け入れる覚悟がいるのだということなのです。

・目的のために手段を正当化するという修行実践
そしてまた
・他に苦しみを与えることによって他を救済するという実践そういうものであるオウム流ヴァジラヤーナをオウムが掲げているかぎり、これらの葛藤は程度の差こそあれ避けられないものだと思うからです。そのことを知った上で、オウムを選ぶのなら私がいろいろ言っても無駄でしょう。(しかしその教団内での修行よりも刑務所生活の方がずっと修行が進むと思いますが・・・・・・。)
ただ他にも修行の道は沢山沢山あると思いますよ。その中から無理せず自分にあった修行を選べばいいと思います。

 私については、オウムから離れて後、色々なものに目を向ける中で、自分がオウムの中で過ごしていたころの気持ちとは、比べ物にならないほどのスケールと誠実さで利他行を行っている人々の存在を知りました。その時には、あぁ自分は井の中の蛙だったんだと思ったものでした。そういうこともありました。

 教団内ではオウムの修行が最高のものだとされているのでしょうが、なにも無理して
”BEST”とされる修行方法をとらなくても、無理せず急がず他の自分にあった”BETTER”の修行を探して実践すればよいのではないですか?

 「お仕事大変ですねぇ。」という言葉を取り交わすありふれた日常の場面にもよくよく感じればマハ―ニルヴァ―ナの光が輝いている気がします。

 最後に、今回は被害者の方々への思いには触れずに書いてきましたが、被害者の方達へは、心よりお詫び申し上げます。オウムを通してしか、大切なことに気づけなかった自分の愚かさを深く責めつつ、到底償いきれるものではないですが、少しでも償いの出来るような方向で、これからの人生を決めていきたいと思っています。   (男性・元サマナ)
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2018/10/6

オウム“天才”信者VS伝説の刑事  メディア・ネット

https://www.fujitv.co.jp/muscat/20180671.html
10月4日(木)
『直撃!シンソウ坂上SP 独占スクープ!サリン事件極秘資料 ―オウム“天才”信者VS伝説の刑事―』

 故土谷正実を調べた刑事を中心に描いたこの番組、なかなか良かったですね。裁判段階の状況からして、そんな感じの調べをしてきただろうことは想像がついたが、実際こんなことだったんだろうな、と思う。

 何よりも、「ああ言えば上祐」「嘘をつくのがワーク」をしっかり描いていること、それから事件は終わっていない、オウムみたいなのはまた出てくる、「彼は普通の人だったんだ」と描けていた、と。


 一つだけあかんなあ、森達也氏の間違いの影響かなと思ったところは、最後の方で「上九一色村のあの富士ケが嶺地区に後にできてあっという間に崩壊した「カリバー王国」が、オウム施設の跡地と誤解させてしまうだろう映像だったこと。「同じ地区」との表現だが、見る人は跡地だと思うだろうと。

 この点、森達也さんの「A3」は、文字通り下記の批判文章にあるとおり、間違ってて、実に弱ったことなんだが。森氏の「ドキュメンタリーは取材不足でも嘘をつく」さらに「ドキュメンタリーはあえて嘘をつく」というものなんだろうと。


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 また、文庫本を訂正するならば、これに続く記述は削除すべきだった。跡地の1部がガリバー王国やドッグランになったとの記述である。決してオウム施設の跡地ではない。ネット上に未だ同じ間違いが散見されるが、出所は森氏だったのか。地元や関係者に確認すれば容易にわかること。主要なことではないから抗議書に書かなかったが、書けば卒塔婆と同様に文庫本で口を拭って訂正していたのか。森氏は、間違った記述のうえで「こうして上書きと更新をくりかえし、最終的に残されたのは一面の草原…欠落した何かを想起させる」としている。これも空虚な記述となる。
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 その全体である2015年7月文章は下記にあります。
https://sky.ap.teacup.com/takitaro/2052.html
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2018/10/5

「正義」の危うさ  日常のこと

「自分の考えが正義だ、真理だ」と、確信している人がまだまだ多いのかも、と思ったりする。

何ごとも「自分の考えが正しいはずだ」「だがひょっとしたら自分の考えが不正義かも、間違っているかもしれない」「立場が逆だったらどうだったか」として、

別の観点、別の考えを知っていく、互いの意見を調整しあっていく、又は当面は今の多数意見が正しいと仮定していく

そうでなければ、「正義の名のもとの殺し合い」は続いていく。 またそんな感覚を持たない「確信者」こそが、一番危ないだろうと(これも多分)。もとより「自らも」です。
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2018/10/3

死刑廃止論の方々へ   憲法・社会・官僚・人権

 下記文章は「青年法律家」という冊子の2018.9.25号に載った文章の一部訂正したものです。8月中旬に書いたのだが、ようやく発行された。ここにも出しておきます。
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  死 刑 廃 止 論 の 方 々 へ    滝本太郎

 実は、なんか力が抜けてしまってもいる。色んな人の顔が頭の中を回っている。「麻原彰晃」が、更に12人を道連れにしていったな、と思う。12人は、麻原のマインド・コントロールと薬物の使用により現実感覚を失い、麻原の破壊願望に魅入られた手足でしかなかった。12人は、もともと神以上の存在である麻原とは異なり何年か後には確実に殉教者になっていく。

12人が、麻原の死刑執行後、自然死するまでどう変化し話していくか、知りたかった。オウム問題の解決、カルト集団による類似事件の再発防止にも役立ったはず。麻原一人で必要十分だった。

 オウム真理教被害対策弁護団、日本脱カルト協会、霊感弁連からの声明が出ているので参照されたい。なお、「犯罪被害者支援弁護士フォーラム」の言う、13人の死刑執行につき「国民世論を踏まえたもので、死刑執行を支持する」は、被害者、遺族のすべてを一緒くたに勝手に代表していて不誠実だと思う。自分も被害者だし少なくない被害者・遺族を知るが、どうにも違和感がある。

 仮にどうしても全員を執行すると決めたなら、麻原1人の執行の後に、12人を一気にして欲しかった。7人を7月6日に執行した後、翌日は土曜だが実施するかと思った。7日、14日間と過ぎてきて、6人はオウム真理教の「大臣ら」ではないから、執行せずに来年を迎えさせるか、と少しの期待もした。本人らも7月5日まで落ち着いていたはずなのに、色んなことを考えてしまっただろう。20日後の6人の死刑執行、日本でも世界の歴史上でもまずないのではないか。残虐に過ぎる。

 頭をめぐる顔の中には、覚えている刑務官の顔がある。十年来の交流となっている四女さんの代理人となっており、7月7日遺体に会った。その直後、四女さんは言った。
「刑務官の皆様、父・松本智津夫が本当にお世話になりました。ありがとうございました。長い間、大変なご迷惑をかけて申し訳ありませんでした。最後の最後まで、色々とありがとうございました。」
何の打合せもしておらず驚いた。責任者格の職員は、
「・・・ありがとうございます。職員の皆に伝えます。報われます」
と応えた。後ろにいた人は、四女さんいわく面会の時、何度も会った人だという。その人は直前・直後の面談で、四女の話に何度も何度もうなずいていた。刑務官の負担は大きかっただろう。死刑執行を担当した刑務官もあの場にいたかもしれない。言うことを容易に聞かない麻原の面倒をみるのは大変だったろう。(この経緯は文藝春秋9月号にインタビューされている)。
 
 「刑務官の苦悩」これが最後に残る課題だと思う。私は、強固な死刑存置論者としてきた。麻原法廷でも証言と意見陳述の際に、そう述べてきた。二女三女らが傍聴席にいる場で、松本智津夫につき強く死刑を求めてきた。生意気ながら、中島みゆきの「誕生♪」をプレゼントしたいとも言ってきた。「生まれてくれてウエルカム」の声を思い出して、「思い出せないなら私、あなたに言う」という歌だ。「嘆きながら悲しみながら」となろうが、死刑執行に立会いたいとも希望してきた。

 死刑制度が、犯罪抑止に効果あるという証明はつまりはできないし、「人を殺せば殺されるのが当然だ」とはもちろん思わない。多くの死刑囚の成育歴に同情すべきところが多くあることを知ってもいる。しかし、「人も国も絶対に人を殺してはならない」というのは、高踏的または宗教的であり、とうてい賛成できない。人は素晴らしい存在であると同時に、恐ろしくおぞましいことをする。現世の責任は現世でとってもらう、そんなケジメも時には必要だと思うから。

 悩みは、冤罪の危険性と死刑執行人の苦悩だった。前者は、死刑確定後の冤罪判明の事件がいくつもある日本において説得力がある。しかし明白に「有実だ」といえる現行犯事件も、麻原のごとき指示や首謀が明白な事案もある。

 しかし、死刑執行人の苦悩。今回の12人の死刑執行、まして20日を経た6人の死刑執行なんて、刑務官にどれほどの痛みとトラウマを与えたか。その苦悩は、どんな死刑囚の執行でも基本的に変わらない。

 では、自分が、主権者国民の一人として、自分の代わりに刑務官の一人ひとりに「死刑執行を担当してください」とお願いできるか、という論点です。

 死刑制度を廃止させようと努力している人に伝えたい。

 1つは、弁護士は事件の酷さを知っていようけれど、市民で事件事実を見ようとしない人がいる。例えば「死刑の理由」新潮文庫を読むよう伝えてほしい。

 2つは、後に神などの審判がある筈という感覚で「人は殺してはならない」なぞという人には、黙らせてほしい。

 3つは、集会などするとき、事実関係を無視ないし矛盾も平気なまま、感情に訴えるデマゴーグの類は使わないでほしい。オウム事件で言えば、森達也氏があたる。
氏は、「弟子の忖度」「弟子の暴走」論による一審弁護団の無罪主張(職務上からは尊敬している)に賛同すると言う。しかし一方で、麻原が指示したことを前提として「動機を知りたいから、治療せよ、死刑執行をしないよう」に求めてきた。文字どおりの自己矛盾。果ては今、「(意識を取り戻した)麻原を徹底的に追い詰めて、公開の場でとどめを刺すべきだったのだ。」なぞと、制度上ありえず、新たな制度としても憲法上の黙秘権保障や「人民裁判」禁止に反したことを、平気で言う人である。まして彼らが6月4日に作り8月24日に解散したという「真相究明の会」、そのネーミングと名を連ねた文化人の名は、オウム集団が「デッチあげだ」として勧誘するのに大いに役立ってしまう。説得力を失うばかりである。

 4つは、存続論者ともおおく意見が一致するだろうこと、拘置所での待遇改善である。「今の死刑囚処遇は狂えと言っているようなものだ」「命を感じられる方策を―ヒヤシンスや小動物ぐらい飼わせてあげろ―」や、社会との交流、昔のような前日までの本人と家族への知らせなどである。前者は、今回の12人で典型的なように、現実感覚を失いやすい死刑囚にとって、命の重さを実感して過ごすために是非とも必要である。

 5つは、もとより終身刑の導入である。

 私は無宗教だが、今頃、故松本智津夫ら13人は、あの世で坂本堤ら先に死んだ人から「バカッたれがぁ」と叱られているだろうな、なんて想像しもする。      以 上
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